雪を見せて
「ねぇ大樹君、落ち着いて聞いてね?春日ちゃん、手術を受けなきゃいけなくなったの」
看護師の柴田さんの言葉に、少年は石化した。柴田さんはそれを察してか優しく微笑み、少年に言った。
「あ、でもそんなに難しいものじゃないの。手術すれば、必ず良くなるのよ?」
桜田先生と一緒に病院へ行った頃からだろうか、少年は暗い顔をするようになった。時折ため息をついてはバシッと頬を叩いて笑顔を作る。
「大樹君、どうしたの?」と、西田先生が優しく訊ねてみても「なんでもねぇよ」の一点張りで、何も教えてはくれないし、おまけに帰りの会が終わると前より更に猛スピードで帰ってしまうのだ。いつも元気で笑顔の絶えない少年だけに、西田先生はとても心配になって、桜田先生にそれを訊ねてみたが、全く分からなかった。少年は今日も、ランドセルを背負い込み急かされるように教室を出た。
「春日~!」
クリーム色の扉を開ける時、少年は笑顔で少女を呼んだ。少女は今日も奥のベッドにいて、少年の声を聞くとすぐさまベッドから飛び出してきた。
「大ちゃん、おかえり~♪」
「今日は元気そうだな」
薄いピンク色のパジャマを着た少女は、桜田先生と会ったときよりも更に痩せ細っていた。
「あたしいっつも元気だよ?」
そう言って小さな木の枝のように細くなった手足をブラブラと揺らしてみせる。
「ねぇ大ちゃん、あたし元気だよ?だから、手術受けなくてもいいよね?」
瞳に涙を溜めた少女が、少年を見つめる。細く、力のない手で必死に少年の手を掴む。その少女を見ると少年はいつも何も言えなくなってしまうのだ。
「春日、今よりもっと元気になって、学校に行くために手術受けよう?オレ春日が手術受けてる間ここで待ってるから」
少年がそう言い聞かせても、少女の涙は止まらなかった。少女は頬に伝う涙を拭わずに、涙交じりの声で少年に衝撃的な一言を浴びせた。
「大ちゃんは、大ちゃんは春日じゃないから、手術受けないから、春日の気持ちなんか分かんないよ!」
少女は一人っ子だったし、病弱のせいもあり、ワガママな所があった。しかしそれは、まだ年も小さいし“ご愛嬌”という言葉で許されていた。
少年は幼馴染の少女をまるで妹のように可愛がって面倒をみてくれていたし、少女は誰に怒られることもなく、自由にワガママを振舞うことが出来た。
「春日~!」
クリーム色の扉を開けながら少年が少女を呼ぶ。いつものように笑顔で少年に駆け寄る少女の姿はなかった。
「春日~、どうした?寝てる?」
少し心配になった少年が少女のベッドに駆け寄ると、ベッドの上に座った少女が真正面を見つめて黙っていた。
「…大ちゃん、あたし雪が見たい。」
「…ゆき?」
真正面を見つめたままの少女が、ポツリと呟くように言った。その言葉の意味が、少年にはよく理解出来なかった。
外は今日もよく晴れていて、緑の木々が覆い茂っていた。部屋の窓からは温かい日差しがあたっていて、少し眩しい。
今はもう五月だ。雪なんて、降るはずがないのだ。
「…春日、今はもう春だ。雪は、冬になったら見れるよ」
「…あたし、雪が見たいの。今雪が見れたら、大ちゃんの言うこと聞くよ。だから、大ちゃんが雪を降らせてよ」
そう言う少女の言葉に、少年は言葉を失った。少女の目は涙で揺れながらも堅い決意を表していた。
「…じゃあ、オレが雪を降らせたら、春日は手術うけるんだな?」
「…いいよ」
少女の言葉を聞くと、少年は一言「分かった」と言うと静かに少女の病室を出て行った。
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