少女の病室
その日、少年はいつものように元気に教室に入ると、まだ三年目にも関わらず使い古されたランドセルを少々乱暴に机に置いて、友達と一緒にすぐさま遊びに出て行ってしまった。
少年達が校庭でサッカーをする様子を職員室の窓から見ていた西田先生はいつのまにかフフッと微笑んでいた。皆楽しそうに服が汚れるのもおかまいなしで一つのボールを追いかける生徒達の姿が、とても楽しそうに見えた。上手い下手も関係なしに必死で走る一生懸命な姿がとても可愛らしく見えたのだ。
「西田先生、先生のクラスに杉浦大樹君って生徒いらっしゃいますよね?」
声を聞いて振り向くと一年生の担任の桜田先生が立っていた。品のある顔立ちで微笑む先生は職員室の花だ。
「ええ。いますけど、杉浦君が何か?」
「私のクラスにいる山中春日という生徒、入院していて入学式にも出席出来なかったんです。彼女と先生のクラスの大樹君仲良しだと聞いたんで、私一人で会いにいくよりは彼に仲介役をしてもらえたらと思いまして」
杉浦大樹が明るくて、責任感のある優しい生徒だということは分かってきた。西田先生をすり抜けて学校を出て行った翌日、彼は人一倍掃除に力を入れていたのを先生はしっかりと見ていた。しかし仲良しの友達に入院している子がいるという話は聞いたことがなかった。
桜田先生との話しを終えた後、西田先生はもう一度外でサッカーをしている生徒達を窓から見つめた。ボールを夢中で追いかける少年の横顔が、一瞬とても寂しそうに見えた。
「…そんでその桜田先生が春日に会いたいっていうから明日連れてくる」
「まあ、じゃあ私その先生に負けないように明日着飾って行かなくちゃ!」
クリーム色の扉の中で、今日も少年は少女の病室に来ていた。
「なんで母ちゃんが?先生は春日に会いにくるから母ちゃんはいいの」
少年と少年の母親の話に少女は肩を震わせて笑う。相変わらず食欲はないが、とても楽しそうだ。その少女を少年の母親はとても優しい顔で見つめていた。
「よし春ちゃん、明日はここでパーティーしようか?」
「パーティー?」
少年の母親の言葉に少女は目を輝かせた。いくら体力が無く抵抗力が弱くなっているとはいえ、毎日この個室に一人でいて、定時にやってくる少年を待ち続けることだけが日課の少女は、寂しくて仕方が無いのだ。
「そう。春ちゃんの入学祝い♪おばちゃんおいしいものいっぱい作るから。春ちゃん何が食べたい?」
「う~んとね、う~んと…」
少年は母親に「勝手に決めていいのか」と言おうとしたが、止めておいた。心のそこから嬉しそうな少女の顔を見たからである。
「じゃあオレケーキ買ってくる!」
「大樹、あんた走って落とすんじゃないよ!」
「ねぇ大樹君、春日ちゃんてどんな子なの?」
病院に向かう途中、桜田先生の言葉に危なっかしい手つきで大きなケーキの箱を抱えた少年は答えた。足元が少々おぼつかない少年はケーキの箱を抱えながらあっちへこっちへふらふら歩く。実は桜田先生は先程からそれが気になって仕方が無い。
「会えば分かるよ」
「ねぇ大樹君、それ、危ないから先生が持っていってあげようか?」
「いいよ。オレが持っていくって言ったし」
それだけ言うと、少年は桜田先生の少し前をさっきより強めに箱を抱えて歩き始めた。
二人が病院に着いたとき、少年の母親と少女、それから少女の母親がいて、部屋の中はおいしそうな料理とお菓子が並んでいた。
「大ちゃんおかえり♪」
いつもより嬉しそうな声で少女が言いながら、少年のもとへ近づいてきた。
「春日、ほらケーキ買って来たぞ」
「大樹あんた落とさなかっただろうね?」
「大丈夫!」
二人の会話を楽しそうに笑う少女を桜田先生はとても可愛らしいと思った。細身ではあるけれど、素直で元気に飛び跳ねてみせる少女が早く学校に出てこられることを願った。
「春日ちゃん、早くみんなと学校にいけるといいわね」
「うん♪春日も早く学校行きたい」
楽しい笑顔が溢れる中、皆幸せを感じた。けれども現実とは、そう上手くいくものではないということを少年は後から思い知らされた。
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