戦況を聞き取る
マルクラントでバルドロフの姿を見つけると、ラーメルトは足を速めた。呼びかけようとしたところで相手が顔を上げ、先に口を開いた。
「来たか」
「はい。お話を聞かせてください」
差し出しかけた手を止め、ラーメルトは頭を下げた。顔を上げると、バルドロフは彼の後ろにも目を向けていた。フルメアとエノアが並び、レオンハイトが手を上げる。
「僕たちもいるよー」
バルドロフは頷き、手元の紙を寄せた。
「俺が残したものだ。見るか」
ラーメルトは紙の前へ身を寄せた。エノアがその隣に立ち、フルメアとレオンハイトにも読めるよう場所を空ける。
自分の受け持つ場所を維持できず、人を退かせた。王都へ報告を託した。書かれている内容を追ううちに、ラーメルトの目は、受け持つ場所というところへ戻っていた。
王都で聞いたときには、北へ行けば目の前にあるはずの線を思い浮かべた。その線のどこをこの人が見ていたのか、自分は知らない。
「これは、バルドロフさんの持ち場についての記録なのですね」
「ああ。俺のところの話だ」
ラーメルトは自分の手帳を開いた。王都で受け取った報告の下へ続けて書こうとして、筆を止める。ここで紙を読んだことを添えてから、書き始めた。
「下がったときのことを、伺ってもいいですか」
バルドロフの手が紙から離れた。
「妖魔が柵に取り付いてな。防ぐだけで手がふさがる。空いたところへ人を戻しても、同じ線を支えきれなかった」
ラーメルトは紙へ目を落としかけ、相手の顔へ戻した。そこに書かれていない言葉が、今、目の前の人から出ている。
「戻した人が、動けなかったのですか」
「そうじゃない。戻ってくれた。それでも支えきれなかったんだ」
短い返事を待つつもりでいたラーメルトは、筆を浮かせたまま黙った。人を戻したと聞いて、空いたところが埋まった姿を考えていた。その姿のまま柵を支えられたのかを、尋ねていなかった。
バルドロフは片手を紙の脇に置いた。
「そこに留め続ければ、人を後ろへ出せなくなる。俺はそう思った。だから退かせた」
最後の言葉を聞いてから、ラーメルトは手帳へ視線を下ろした。筆先が触れるまでに、少し間が空いた。
「今のお話は、こちらに書きます」
エノアが自分の帳面を示した。
「ご本人から伺ったこととして」
「頼む」
ラーメルトも筆を動かした。自分の問いのあとに残った空白へ、バルドロフの説明を記す。人を戻せば線を支えられるという、聞く前の自分の考えは書き込まなかった。
フルメアが紙を見たまま言った。
「ここにある『退かせた』だけだと、今の話までは読めないのね」
「私も、王都では……」
ラーメルトはそこで口をつぐんだ。遠くから届いた言葉を、自分に測れる場所の話として受け取っていた。何を考えて人を下げたのか、そうした問いを置く前に。
バルドロフがこちらを見ている。ラーメルトは言い直そうとしたが、どんな言葉を足しても、自分がその場にいなかったことは変わらなかった。
「聞かせていただいて、ありがとうございます」
頭を下げると、紙を押さえていた相手の指が動いた。
「話したことが、何かの役に立つか」
すぐに頷きそうになり、ラーメルトは口を開いたまま息を吸った。次は支えられる、とまでは言えない。今の話を聞いただけで、自分の立つ場所も決められていなかった。
「次に何を見なければならないか、考えたいです」
バルドロフは返事をせず、手帳へ目を向けた。ラーメルトは筆を握り直した。曖昧に聞こえたかもしれない。それでも、測ったことのない距離を埋めるような約束はしたくなかった。
「僕も、一緒に聞いておくね」
レオンハイトが身を寄せた。
「どこを見るつもりか、あとで教えて」
「ええ」
ラーメルトは頷いた。自分が見たいものを挙げるだけなら、手帳の上でできる。そこへ誰かも立つのだと思うと、書き出しかけた言葉を急いで結びたくはなかった。
エノアが帳面をめくる音がした。
「道中の井戸についても、お伝えしておきます」
ラーメルトは彼女の指先を見た。村で開いていた頁だった。
「水面に氷があるのを、わたしが見ました。それから、わたしたちが来る前にも同じ井戸で氷を見た、と村の方から伺いました」
バルドロフが帳面へ顔を向けた。
ラーメルトは井戸を覗いたときの水面を思い出した。今聞いた柵の話と近くに置くと、間に線を引きたくなる。けれど、並んだ言葉の近さは、出来事が結び付いている証にはならなかった。
「その井戸以外のことは、まだこの記録にはありません」
エノアの言葉を聞き、ラーメルトは手帳に置いていた指を離した。
フルメアが彼の手元を覗いた。
「そっちは、どう書いたの」
ラーメルトは手帳の向きを変えた。初めに、この場で見せてもらった記録。その下に、本人から聞いた説明がある。
「ここまでは、伺ったことです」
言いながら、次の行へ目を移した。そこに書くものを探して紙の方を見たが、もう一度読んでも、自分が柵の前を見てきたことにはならない。
バルドロフの記録を、相手の手元へ寄せ直した。
自分の手帳へ戻ると、頁の下にまだ余白があった。ラーメルトはそこへ、これから確かめたいことを問いの形で書き始めた。
人の動きを見るには、どこに立てばよいか。その場所で、何を測れるのか。
書いた問いの先に答えを続けず、筆を上げた。バルドロフの話を聞く前には、こんなふうに人の動きを最初に置いてはいなかった。
紙にあった後退の記録も、今聞いた判断も、自分が立ち会った出来事にはならない。けれど、次に見るものを選ぶときには、この人の声を抜かして考えたくなかった。
ラーメルトは手帳を閉じる前に、問いの行を仲間たちへ向けた。




