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銘のない比較

 フルメアは、照明用の魔結晶に添えた札を裏返した。

 向かいの担当者も、もう一方の品の札を伏せる。卓の上から名が消えると、フルメアはようやく肩の力を抜いた。


「ここでは、使い具合を見せていただきます。採用や契約を決めることはできませんが」


「ええ。まずは、品を見てください」


 そう答えてから、自分の声が少し強かったことに気づいた。

 担当者は伏せた札に触れず、文字の書かれた紙を卓へ広げた。


「これを照らして、読んでみましょうか」


 フルメアは頷き、紙の位置を確かめた。品を替えるときにどこへ置くかを指で示すと、相手もその場所を見た。

 紙を近づけたり、椅子を寄せたりせずに見る。その点を確かめて、フルメアは卓から手を引いた。


 自分の品の光が文字にかかった。

 担当者が紙へ顔を向ける。フルメアは相手の横から覗き込みかけ、足を止めた。読んでもらう行を指せば、その指の先だけを探すことになる。


 相手の目が紙の上を動いた。やがて文字を読む声が聞こえ、フルメアも目で行を辿った。

 紙にある言葉と、聞こえてくる言葉が重なった。最後の文字まで聞き終えると、胸の奥に詰めていた息が少し抜けた。


「読めますね」


 担当者は紙から目を離し、光を置いた場所を見た。

 フルメアはすぐに返事をせず、頷くに留めた。まだもう一方が残っている。


 照らす品を替えた。フルメアは自分の品を下げ、相手が空いた場所へもう一方を置くのを見た。紙と椅子の位置は変わらなかった。

 同じ文字が、別の品の光に照らされる。


 担当者はまた紙へ目を向けた。

 先ほど読んだ言葉を、フルメアももう覚えていた。それでも、声がつかえないかと耳を澄ましてしまう。つかえれば自分の品を褒めてもらえるのではないかと、わずかに期待していた。


 読み終えた相手が顔を上げたとき、フルメアは伏せた自分の札へ目を落とした。


「こちらでも読めます」


「……そうですね」


 紙の文字は、彼女にも読めていた。

 目を戻すと、担当者は照明から紙までの間を見ていた。フルメアはその視線が自分の品へ戻るのを待った。


「あなたがお持ちになったのは、先ほどのほうですね」


「ええ」


「照明として使えます。文字を読むのに困りませんでした」


 フルメアは品を持つ手に力を込めた。

 もっと細かいところも見てほしい、と口にしかけたが、相手は光の当たっていた紙を見て言っている。その言葉を聞くために、ここへ品を置いたのだった。


「ありがとうございます」


 今度は、声を押さえようとしなくてもよかった。

 担当者は紙を脇へ寄せ、伏せていた札へ手を伸ばした。


「では、お名前を伺ってもよろしいですか」


 フルメアは自分の札を表へ返した。


「フルメア・カーデルクスです」


 伸びてきた手が、札に届く前に止まった。

 担当者は彼女を見てから、札へ目を落とした。口がわずかに開き、閉じる。


「カーデルクス……」


「ええ。私の作った品です」


 フルメアは卓へ魔結晶を戻した。

 担当者の手は札を取らず、卓の縁に置かれた。先ほどまでなら次の問いが来ていた間に、椅子の軋む音がした。


 名を告げる前には、光を見てもらえばよかった。

 今は向かいの人が自分のどこを見ているのか、確かめたくなった。フルメアは札を押さえていた指を離し、膝の上へ下ろした。


「何か、気になるところがありましたか」


「いえ、品については……」


 そこで相手は言葉を切った。視線が札から魔結晶へ移り、そのまま止まる。

 フルメアは続きを待った。自分から光の話を足せば、相手もそちらへ戻れるかもしれない。けれど、戻るための言葉をこちらが用意しなければならないことが、胸に引っかかった。


「先ほどの評価は、変わりませんか」


 担当者が顔を上げた。


「文字は読めました。そこを取り消すつもりはありません」


「では、それは受け取っておきます」


 言い終えても、フルメアは立ち上がれなかった。

 相手が札へ手を伸ばすのを、まだ待っていると気づいた。札には、品に添えるために書いた自分の名がある。光を見たあとなら、そのまま取ってもらえると思っていた。


 担当者は紙を揃え始めた。端が揃ってからも指を置いていたが、やがて手を離した。


「今日は、ここまでということで」


 フルメアは小さく頷いた。

 品を収める布を広げる。持ち帰るつもりで用意してきたものなのに、角を引く指が思ったところへ動かなかった。


 相手が卓の上を空けようと、もう一方の品を脇へ寄せた。

 フルメアはその札が見える前に、自分の手元へ目を戻した。どこの品だったのかを知っても、今聞いた返事の続きを聞けるわけではない。


 布の端が自分の札にかかった。

 名を隠していたときの向かいの声を思い出し、フルメアは手を止めた。紙を照らす位置を確かめ、読めた文字を話していた。あの間は、問いを返すことにためらわずに済んだ。


 布を少し引き、札を外へ出した。

 表の名を見てから、魔結晶を包む。


「見ていただいて、ありがとうございました」


 担当者は頷いた。フルメアが荷を持ち上げると、道を空けるように椅子を引いた。

 彼女は札を手に取り、包んだ品の上に重ねた。


 使えると言ってもらえたことは、嬉しかった。

 その気持ちまで引っ込めたくはなくて、フルメアは包みを持ち直した。札を押さえる親指の下に、カーデルクスの文字があった。


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