告げる責任
筆先を紙へ近づけたまま、ラーメルトはフルメアを見た。
「まだ、人に渡せるものにはなっていませんね」
フルメアは手帳を覗き込んだ。熱の台帳を読ませてもらったと記した行の下には、何も続いていない。
「あなたがわかったことを書けばいいと思ったけれど……それだけじゃ足りないのかしら」
ラーメルトが考えていると、王が口を開いた。
「その言葉を受け取る者は、何を尋ねるだろうな」
手帳を卓の中央へ少し寄せた。
ラーメルトは自分が王の話を聞いたときを思い出した。地上へ落ちると聞いて、胸の中に浮かんだ問いがある。
「いつまでに、何をすればよいのか。まず、それを聞きたくなると思います」
「そうであろう」
王は頷いた。
「余も、お前が答えを持ってきてくれればと願っている。だが、願うだけでは民へ返す言葉にならぬ」
ラーメルトは持参した照会の紙を見た。アンデルスの台帳の傍らに、まだ広げてある。
手帳の空いているところへ『何を尋ねられるか』と書いた。
先ほど口にした問いを続けようとすると、フルメアが身を寄せた。
「そこへ、もうひとつ」
顔を上げて待つ。
「明日も同じ仕事をしていていいのか、って」
「仕事を?」
「ええ。私なら、作りかけのものをどうするか考えるわ。続きを作るのか、荷物をまとめるのか。それもわからずに、ただ危ないと聞かされたら……」
彼女の手が膝の上で重なった。
ラーメルトは書きかけのところへ目を戻した。数字を尋ねられるとは考えた。だが、その数字を待つ手に何が握られているのかまでは、考えていなかった。
フルメアの問いを書き添えた。
王が椅子を寄せ、紙へ視線を落とした。
「安心せよ、と言いたくなる」
低い声だった。
「明日も務めを果たせと。……だが、それを余が言えば、聞いた者は何を信じて仕事へ戻るのだろうな」
誰もすぐには口を開かなかった。
ラーメルトは書いた問いのあとに筆先を置いた。答えを書こうとしても、今の自分には続けられなかった。
グレインが手帳の傍らへ手を添えた。
「そこへ答えを急いで書く前に、お前が確かめたところを見せてみなさい」
ラーメルトは前の頁へ戻った。
自分たちが見たものと、王から聞いた説明を分けて記したところを開く。その隣に、今日の閲覧について書いた頁を指で挟んだ。
「ここまでは、何をもとに書いたのか示せます」
「では、今書いた問いには、どこまで答えられる」
ラーメルトは行を辿った。指が先ほどの頁へ戻り、そこで止まる。
見たことを挙げても、これからどう動けばよいのかという問いは残った。
「このまま渡しても、答えにはなりません」
グレインは頷いた。手帳を引き取らず、添えていた手を離す。
ラーメルトはまた空いたところを開いた。
アンデルスが台帳を閉じた。表紙を押さえていた手をその上に置き、ラーメルトへ目を向けた。
「この台帳を読んだというだけで、わかったことまで増やすな」
「はい」
ラーメルトは今日の閲覧を記した行を見た。
どれほど長く待ったとしても、開かれた頁の外まで読めたことにはならない。台帳の名を添えれば、空いた答えを埋められるわけでもなかった。
持参した紙を引き寄せ、手帳の横へ並べた。答えを求めてきた問いと、人から尋ねられそうな問いが、隣り合った。
「では、わかるまで黙っているしかないのですか」
言ってから、ラーメルトは顔を上げた。
自分が尋ねたかったのは、そこだった。
「聞いた人を困らせるかもしれません。でも、知らないままでいたら、備えようと考えることもできません」
王は閉じた台帳を見ていた。
やがて視線を上げ、ラーメルトに向き直った。
「黙っていれば、その間も暮らしは続く。知らぬまま選んだことを、あとから容易に取り戻せるとは限らぬ」
フルメアが小さく息を吐いた。
王は彼女を見てから、手帳へ目を戻した。
「かといって、行く先も示せぬ言葉で急き立ててよいのか。余は、その両方を考えねばならぬ」
ラーメルトは王の顔を見た。
どちらか一方へ線を引けば済むように、問いを置いてしまっていた。
手帳へ『今、答えられないこと』と書く。
照会の紙から続く問いを確かめながら、その下へ筆を進めた。フルメアも横から見ていたが、今度は書き終わるまで待っていた。
「答えがないところも、残すのね」
「ええ。聞かれてから気づくより、ここで確かめておきたいです」
王が卓へ手を置いた。
「告げるかどうかは、今ここで決めぬ」
ラーメルトは筆を止めた。
「足りぬところを伏せたまま、告げるための言葉を整えるわけにはいかぬ。伏せておく理由だけを整えることもな」
「……はい」
ラーメルトは手帳を王のほうへ向けた。
王は記されたところを読み、余白で目を止めた。グレインもその隣から目を落とす。アンデルスの台帳は閉じられたままだった。
公に告げる文面は、まだなかった。
代わりに、人から尋ねられることと、その前に確かめなければならないことが紙の上に残った。
フルメアが手帳の端を持ち、ラーメルトへ向け直した。
彼は『同じ仕事をしていていいのか』と書いた行を読み返す。その問いの前では、測るために町を歩いたときとは違う顔を、人々へ向けることになるのだろう。
ラーメルトは余白を残して手帳を閉じた。




