数字が言えないこと
足音に合わせて唇を動かしながら、ラーメルトは街道を進んだ。
目印へ着くまで、後ろを振り返らなかった。足を止めてから顔を上げると、フルメアが鎖を持ち上げて待っていた。
鎖を延ばす作業に移っても、道の上を行き来する足は止まらない。ラーメルトが端を押さえ、フルメアが先へ運ぶ。エノアは二人の手元を見ながら帳面に書き留めていた。
読み取る声に返事があり、筆が止まるのを待って鎖を動かす。環の擦れる音が続いた。
「そのまま、ちょっと待ってねー」
レオンハイトの声に顔を上げた。街道を歩いてくる人がいる。
二人は鎖を脇へ寄せた。人が通り過ぎる間、フルメアは手を開いたり握ったりしていた。
「手、休めたら? 僕が見てるから」
「……そうね。ちょうどよかったわ」
道の端に鎖を下ろし、四人は作業を中断した。ラーメルトとフルメアはその脇へ腰を下ろす。
エノアがラーメルトの手帳を差し出す。自分の帳面と開き比べていたため、頁の端が少し折れかけていた。彼女はそこを指で撫でて戻した。
「手帳、お返ししますね」
「ありがとうございます」
ラーメルトは手帳を受け取った。エノアは今日の作業を記した頁を開き、覚えていた位置を二人が示した箇所に指を置く。読み返したいところを探しながら、ラーメルトも古い頁をその隣へ広げた。
「ねえ」
フルメアは掌についた土を払いながら、道へ目を向けた。
「この道の長さを調べたら、沈んだ高さのこともわかるの?」
ラーメルトも街道を見た。鎖を置いた先へ道が続き、その上を先ほどの人が歩いている。
「長さだけから、そのまま高さを出すことはできません」
「じゃあ、どこでつながるのかしら。道と、王様の話と」
手帳へ戻しかけた指が止まった。
道の長さを測ることと、地上までの高さを測ること。その間を頭の中でひと足に越えていなかったか。
ラーメルトは鎖を包んでいた布を拾い、土を払った。
「少し、持ってもらえますか」
「今度は布?」
「はい。こちらの端を」
フルメアが端をつまんだ。ラーメルトは反対側を持ち、二人の手の高さを揃えた。間の布がたるんでいる。
「この上を道だと思って、指で辿ってみてください」
フルメアの指が布に沿って下がり、ラーメルトの手元へ上がってきた。
「下りて、上って。……こう?」
「ええ。その道筋の長さと、両端を水平につないだ長さは別です」
ラーメルトは空いた手を二人の手の間に通した。フルメアは布の縁と、その上の空間を見比べた。
「でも、これって布だから曲がるのよね。大地もこうなってるって言えるの?」
「そこは、まだ確かめていません。今は、何を測るのか分けて考えたかったのです」
布の端を持つ手を下げようとして、ラーメルトはフルメアを見た。
「二人とも、少し下げてみましょうか」
二人の手が一緒に下がり、たるんだ布が地面に近づく。
「……ああ。下までの高さなら、こっちなのね」
フルメアが布の下を見る。
エノアも帳面から目を上げた。
「ケルシウス家の記録では、何を見ていたのでしょう」
ラーメルトは布を下ろした。
陛下が口にしたのは、大気の変化を記す台帳と、大陸そのものの異変の記録だった。そこにどういう言葉や数字が並ぶのかは、まだ見ていない。
「それを尋ねたいですね」
エノアは作業の記録を押さえていた指を挟み、別の頁を開いた。
「聞きたいことをここへ書いておきます」
「まず、大陸の異変について――」
「それだけ?」
フルメアが布を畳みながら言った。
「それじゃ、沈んでいるって話をもう一度聞くことにならない? あなたが知りたいのは、そこから先でしょう」
「……そうですね」
ラーメルトは言葉を選び直した。王の顔を思い浮かべると、先に急いでほしいと頼んでしまいそうになる。
膝の上で手帳を開き、古い記録に目を落とした。
「沈むと判断したときに、何の変化を記したのか。どの場所で、何を基準にして見たのか。それを知りたいのです」
エノアが書き、顔を上げる。
「どの記録と比べたのかも、ですね」
「ええ。私たちがここで測っている長さと、そのまま比べられるものなのか。違うものを見ているなら、間に何を確かめる必要があるのか」
エノアは続きを書きかけて、古い記録のほうへ目を向けた。
「比べた時期も聞いてよいですか。大地の記録が、熱の台帳と同じだけ残っているのかは……」
「そこまでは伺っていません。いつの記録があるのかも、お願いします」
筆が動き出した。
フルメアは畳んだ布を膝に置き、書かれていく行を覗き込んでいた。
「全部見せて、とは言わないのね」
「どれが必要なのか、私たちもまだわかっていませんから。まず、どんな記録があるかを尋ねたいです」
「……そうね。見せてもらえるかどうかもあるもの」
フルメアはそれ以上言わず、掌で布の皺を伸ばした。
エノアは問いを書いた行の脇へ、布で話した内容を短く書き添えた。ラーメルトに確かめてもらってから、作業の記録とは別に目印を挟む。
「これで、何を聞きたいのかは伝わるかしら」
フルメアに問われ、ラーメルトは書かれた行を初めから読み直した。
「はい。これをもとに、尋ねたいと思います」
フルメアが布を置いて腰を上げた。ラーメルトも手帳をしまい、鎖を取りに向かう。
その間に、エノアは先ほどの頁の上へ『ケルシウス家の記録について尋ねること』と書き入れた。指で目印を確かめてから、今日の作業を記した頁を開き直した。




