↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/119

測り直す前に

「それで。どこから測るの?」


 フルメアの問いに、ラーメルトは窓の外から目を戻した。

 開けたばかりの窓から朝の光が入っている。エノアは抱えていた帳面を開き、レオンハイトも返事を待っていた。


「まずは、前に測ったところを――」


 そこまで口にして、止まった。

 道の名なら挙げられる。歩いた道も、鎖を延ばした場所もある。だが、そのどこを測れば、昨夜から胸にある問いに答えられるのか。


「……すみません。少し、考えさせてください」


「いいわよ。走り出してから止まられるよりは」


 フルメアが腕を組む。その言い方に苦笑しながら、ラーメルトはエノアの帳面へ目を落とした。


 行を揃えて並ぶ文字。

 歩いて、測って、書き留めてきた。縁で見たものも、昨夜聞いた話も、この続きへ残されていくのだろう。だが、それらをひと続きにしてしまう前に、確かめておかねばならない。


「エノア。今の話を記すときには、陛下から聞いたことだとわかるようにしてください」


「はい。……私たちが測った数字とは、別にですね」


「ええ」


 ラーメルトは頷いた。


「雲の下に大地がある。それは、私たちが見ました。ここが沈んでいること、その速さが増していることは、陛下から伺った話です。私たち自身では、まだ速さを測っていません」


「王様の話を疑ってるわけじゃないのね」


「違います。ただ、私たちが見ていない記録まで、見たことにはできませんから」


 エノアは頷き、帳面に目を戻した。

 ラーメルトも、昨夜の王の声を思い返した。急いでいた理由を聞いた今なら、一刻も早く答えを持っていきたくなる。王に安心してほしい。自分も安心したい。

 その気持ちを数字に混ぜてしまえば、物差しを握る手のほうが曲がる。


「……あとどれくらいあるか、すぐにわかればいいんですけれど」


 エノアの声は小さかった。


「ええ。ですが、今ここで年数を言うことはできません」


 答えると、開いた窓が気になった。

 朝の空は明るい。窓枠に手を置いても、大地が沈む速さは伝わってこない。だからといって、止まっているわけではない。

 ラーメルトは手を離した。


「前に測った長さと、これから測る長さを比べる。陛下が地図に求めておられたことです。けれど……数字が違ったら、何が変わったのかを調べなければなりません」


「あなたの足、とか?」


 フルメアが足元を見る。


「ええ。私の足もです」


「そこは否定しないのね」


「疲れれば歩幅は乱れます。坂でも変わりますから」


「じゃあ、測る人を疲れさせないのも仕事だねー」


 レオンハイトが言った。


「怖いときも縮むんでしょう? それなら、そっちも気をつけないとねー」


 いつもの声だった。だが、ラーメルトには軽く聞こえなかった。縁へ向かう道で、安心して足を出せることがどれほどありがたかったか。

 守ってもらう役は、これからも変わらない。


「頼りにしています」


「うん。でも、休んでって言ったら聞いてねー」


 フルメアが横で頷いた。ラーメルトは反論を諦めた。


「鎖だって、調べるのよね」


 彼女が続ける。


「マギアードで揃え直したんだもの。前と同じつもりで使っていても、比べるなら確かめないと」


「はい。道具と測り方、それにどこからどこまでを測ったか。まず、そこを揃えられるかどうかです」


 壊された鎖のことを思い出す。

 代わりを手に入れ、測量を続けることはできた。その道具で谷の向こうまで距離を求めた。だからといって、これからの問いにも、何ひとつ確かめず使えると決めてよいわけではない。


 フルメアが帳面を覗き込んだ。


「数字のところだけ読んでも、足りないってことね」


「そうです。前にどう測ったかがわからなければ、同じように測り直せません」


「なら、測ったときのことも一緒に探します。書いてあることと、思い出して補うことは分けて」


 エノアが頁の端を押さえた。


「同じ長さが出たところだけでなくて、測り直したところも」


「ええ。お願いします」


 谷を隔てた二つの村を測ったときも、初めに得た数字だけを答えにしたのではなかった。鎖を延ばし直し、角度を読み直した。エノアの記録をもとに計算した。

 あの手間を、急ぐからと省くわけにはいかない。


 どの記録から始めるか。

 すぐに指を置けると思っていた頁を前に、ラーメルトは口を閉じた。


「……もしかして、今日はずっと帳面とにらめっこ?」


 フルメアが言う。


「まだ、決めていません」


「そう。出かける話かと思ったのに」


 口を尖らせても、彼女は帳面から離れなかった。

 昨夜、自分の家のことすら知らないと言っていた。その家の名に残る記録も、まだ変わってはいない。世界の危機を聞いたからといって、なくなる話ではなかった。

 隣にいる彼女を見て、ラーメルトは言いかけた言葉を呑み込んだ。すべてを調べられると、ここで約束することはできない。


「フルメア。前の測り方で気になることがあったら、遠慮なく言ってください」


「言うわよ。あなた、放っておくと自分で納得して先に進むんだから」


「……気をつけます」


 エノアが小さく笑った。

 ラーメルトも笑い、帳面のほうへ向き直る。歩幅だけで道を測ろうとしていた頃から、彼女には何度も足を止められている。今もそうだった。


「次に出かける前に、どこを測るか確かめたいのです」


 エノアの指が頁の上で止まった。

 ラーメルトはその隣に目を寄せた。まだ、新しい数字はない。


 まずは、これまで歩いた道を帳面の中でもう一度辿るところからだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。