夜分襲撃
素性も定かでない娘を、自分の家に連れ帰るわけにもいかない。ラーメルトは店員の手を借り、フルメアを二階の宿部屋へ運んで寝かせた。寝入ったのを確かめ、カウンターで宿代を払う。
「とんだ手間でした……」
扉を押して外へ出ると、背中で喧騒が切れた。
夜である。
月明かりだけでは、王都の道は歩けない。頼りは店先の灯りだが、それも夜が深まるにつれ、ひとつ、またひとつと落ちていく。灯りがひとつ消えるたび、闇が一区画ずつ、太る。
中央通りには巡回の兵が歩く。一本入れば、それもない。夜歩きは控えよ。王都といえど、そういうお達しが出ている。
「これくらいの明るさなら、なんとか帰れそうですね」
ゆっくりと歩きながら、ラーメルトは思案していた。
人手が足りない。魔術師の件の手がかりも足りない。フルメアをどこまで信じてよいのか。信じるとして、あの村の襲撃は、行方不明とどこまで繋がるのか。
夜風が、酒で火照った頭を撫でていく。心地がよい。
――足音の返りが、近い。
顔を上げる。両側から壁が迫り、その先は、行き止まりであった。家への曲がり角は、とうに過ぎている。
引き返そうと踵を返したそのとき――建物の影から、ゆっくりと、人がひとり、ふたりと出てきた。
通り抜けようとしたが、目の前を塞がれる。
「どなたか、お探しでしょうか」
灯りは相手の背にある。輪郭は見えても、顔は見えない。
見えたのは、二つ。抜き身の剣が、光をひと筋ずつ、拾っていた。
ラーメルトは、念のため、と鞄に手を入れ、手探りで、ある代物を探った。
「魔術師を探しているのは、お前か」
低い、威嚇するような声。
「違うと言ったら、どうなるのでしょうね」
答えと同時に、じり、とすり足の音。ふたりが、間合いを詰めてくる。捕らえる気か、殺す気か。
――どちらにしても、困る。
剣の間合いに入る寸前――ラーメルトは鞄から手を出し、掌の塊を相手に見せつけた。ひとりが、それを警戒して身構える。魔術師が、魔法を使う。そう思わせれば、十分だ。
ラーメルトは塊を相手の足元へ放った。
「光!!」
――ごとっ。
石畳を打つ音が、ひとつ。
石が、石の音を立てた。それだけであった。
――なぜ、光らない。
一瞬、ラーメルト自身が戸惑った。だが、戸惑いは、正面のふたりも同じであった。魔法に備えて固めた身が、拍子抜けして、わずかに浮く。その隙こそが、欲しかったものだ。
考えるより先に、体が動いた。
歩幅は、そのまま間合いになる。母に、そう叩き込まれた。
今、その内側に、ふたりの体がある。
踏み込みざま、正面の男の手首を打って剣を落とし、その体を軸に半歩流れて、二人目の斬撃を紙一重で躱す。翻ったマントに、穴がひとつ。躱した先で、うなじが、ざわりと粟立った。
――三人目。塊が光らぬと知った今、あれは、ただの石だ。ならば、石として使う。
落ちた塊を掬い上げ、振り向きざま、投げる。
――ごとっ。
また、石の音がした。踏み込みかけた三人目の眉間で、今度は、役に立った。
三方の隙が、一瞬、揃った。
その一瞬で、転がる塊をもう一度拾い、表通りへ走り抜ける。
背は、斬られなかった。計算どおりである。
――握った掌が、汗で滑った。
◇
表通りへ出たラーメルトは、その足で酒場へ走った。
あれだけ手際の良い連中である。兵士が駆けつける前に、とうに引き上げているだろう。それより、フルメアだ。
走った。脇腹が刺す。曲がり角を、二つ、三つ。思案に沈んだ足は、思っていたよりずっと遠くまで、自分を運んでいたらしい。
酒場の灯りが見えたときには、息が喉で鳴っていた。店員に事情を話し、階段を三段抜かしで駆け上がる。
扉を開ける。
――フルメアは、寝台の上で、健やかな寝息を立てていた。
ラーメルトは息を整え、店員が気を利かせて持ってきた果実の絞り汁を、ゆっくりと飲み干した。
死にかけた男を横目に、幸せそうな寝顔である。
理不尽であった。
絞り汁の酸味を舌に残したまま、ラーメルトは今日の出来事を並べ始める。
魔術師行方不明の、調査依頼。
フルメアとの出会い。
そして、夜道の襲撃者。
顎の先を、親指と人差し指で挟む。考えるときの、癖であった。
行方不明と襲撃者は、繋がっていそうだ。「魔術師を探しているのは、お前か」――連中は、探る者を、探していた。では、どこから私を付けてきた?
……酒場か。
カウンターで、店員に魔術師の件を尋ねた。あの店員に他意はあるまい。だが、誰が聞いていたかは、わからない。
問題は、連中がフルメアに気づいたかどうかだ。気づかれていれば、彼女も狙われる。かと言って、酔い潰れた者を背負って夜道を移動するのは、下策も下策である。
ラーメルトは思い立ち、部屋の紐――階下の店員を呼ぶ呼子――を軽く引いた。やってきた店員に部屋替えを頼み、追加の代金と手間賃を払って、寝ているフルメアを背負い、対面の部屋へ移った。寝台がふたつある部屋である。
フルメアを、扉から遠いほうの寝台へ寝かせる。椅子は扉の下へ噛ませ、木窓を閉め、取っ手に棒を差し込んだ。
自分の寝台は、扉のすぐ脇である。
「……それにしても」
空いた寝台に腰を下ろし、ラーメルトは掌の魔結晶を見つめた。
渡されたときには、確かに光っていた。なのに、なぜ、光らなかったのか。
疲れた頭では、考えはまとまらない。
「明日、彼女に聞かねばならないことが、増えましたね」
ため息をひとつ。
掌の中で、それは、ただの石の重さをしていた。




