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世界は見たままの姿をしているか?  作者: 古代羊
第一章 魔術師失踪事件
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夜分襲撃

 素性も定かでない娘を、自分の家に連れ帰るわけにもいかない。ラーメルトは店員の手を借り、フルメアを二階の宿部屋へ運んで寝かせた。寝入ったのを確かめ、カウンターで宿代を払う。


「とんだ手間でした……」

 扉を押して外へ出ると、背中で喧騒が切れた。

 夜である。

 月明かりだけでは、王都の道は歩けない。頼りは店先の灯りだが、それも夜が深まるにつれ、ひとつ、またひとつと落ちていく。灯りがひとつ消えるたび、闇が一区画ずつ、太る。

 中央通りには巡回の兵が歩く。一本入れば、それもない。夜歩きは控えよ。王都といえど、そういうお達しが出ている。


「これくらいの明るさなら、なんとか帰れそうですね」


 ゆっくりと歩きながら、ラーメルトは思案していた。

 人手が足りない。魔術師の件の手がかりも足りない。フルメアをどこまで信じてよいのか。信じるとして、あの村の襲撃は、行方不明とどこまで繋がるのか。

 夜風が、酒で火照った頭を撫でていく。心地がよい。

 ――足音の返りが、近い。

 顔を上げる。両側から壁が迫り、その先は、行き止まりであった。家への曲がり角は、とうに過ぎている。

 引き返そうと踵を返したそのとき――建物の影から、ゆっくりと、人がひとり、ふたりと出てきた。

 通り抜けようとしたが、目の前を塞がれる。


「どなたか、お探しでしょうか」


 灯りは相手の背にある。輪郭は見えても、顔は見えない。

 見えたのは、二つ。抜き身の剣が、光をひと筋ずつ、拾っていた。

 ラーメルトは、念のため、と鞄に手を入れ、手探りで、ある代物を探った。


「魔術師を探しているのは、お前か」


 低い、威嚇するような声。


「違うと言ったら、どうなるのでしょうね」


 答えと同時に、じり、とすり足の音。ふたりが、間合いを詰めてくる。捕らえる気か、殺す気か。

 ――どちらにしても、困る。

 剣の間合いに入る寸前――ラーメルトは鞄から手を出し、掌の塊を相手に見せつけた。ひとりが、それを警戒して身構える。魔術師が、魔法を使う。そう思わせれば、十分だ。


 ラーメルトは塊を相手の足元へ放った。

「光(ライト)!!」

 ――ごとっ。

 石畳を打つ音が、ひとつ。

 石が、石の音を立てた。それだけであった。

 ――なぜ、光らない。

 一瞬、ラーメルト自身が戸惑った。だが、戸惑いは、正面のふたりも同じであった。魔法に備えて固めた身が、拍子抜けして、わずかに浮く。その隙こそが、欲しかったものだ。

 考えるより先に、体が動いた。

 歩幅は、そのまま間合いになる。母に、そう叩き込まれた。

 今、その内側に、ふたりの体がある。

 踏み込みざま、正面の男の手首を打って剣を落とし、その体を軸に半歩流れて、二人目の斬撃を紙一重で躱す。翻ったマントに、穴がひとつ。躱した先で、うなじが、ざわりと粟立った。

 ――三人目。塊が光らぬと知った今、あれは、ただの石だ。ならば、石として使う。

 落ちた塊を掬い上げ、振り向きざま、投げる。

 ――ごとっ。

 また、石の音がした。踏み込みかけた三人目の眉間で、今度は、役に立った。

 三方の隙が、一瞬、揃った。

 その一瞬で、転がる塊をもう一度拾い、表通りへ走り抜ける。

 背は、斬られなかった。計算どおりである。

 ――握った掌が、汗で滑った。


◇


 表通りへ出たラーメルトは、その足で酒場へ走った。

 あれだけ手際の良い連中である。兵士が駆けつける前に、とうに引き上げているだろう。それより、フルメアだ。

 走った。脇腹が刺す。曲がり角を、二つ、三つ。思案に沈んだ足は、思っていたよりずっと遠くまで、自分を運んでいたらしい。

 酒場の灯りが見えたときには、息が喉で鳴っていた。店員に事情を話し、階段を三段抜かしで駆け上がる。

 扉を開ける。

 ――フルメアは、寝台の上で、健やかな寝息を立てていた。

 ラーメルトは息を整え、店員が気を利かせて持ってきた果実の絞り汁を、ゆっくりと飲み干した。


 死にかけた男を横目に、幸せそうな寝顔である。

 理不尽であった。

 絞り汁の酸味を舌に残したまま、ラーメルトは今日の出来事を並べ始める。


 魔術師行方不明の、調査依頼。

 フルメアとの出会い。

 そして、夜道の襲撃者。


 顎の先を、親指と人差し指で挟む。考えるときの、癖であった。

 行方不明と襲撃者は、繋がっていそうだ。「魔術師を探しているのは、お前か」――連中は、探る者を、探していた。では、どこから私を付けてきた?

 ……酒場か。

 カウンターで、店員に魔術師の件を尋ねた。あの店員に他意はあるまい。だが、誰が聞いていたかは、わからない。

 問題は、連中がフルメアに気づいたかどうかだ。気づかれていれば、彼女も狙われる。かと言って、酔い潰れた者を背負って夜道を移動するのは、下策も下策である。


 ラーメルトは思い立ち、部屋の紐――階下の店員を呼ぶ呼子――を軽く引いた。やってきた店員に部屋替えを頼み、追加の代金と手間賃を払って、寝ているフルメアを背負い、対面の部屋へ移った。寝台がふたつある部屋である。

 フルメアを、扉から遠いほうの寝台へ寝かせる。椅子は扉の下へ噛ませ、木窓を閉め、取っ手に棒を差し込んだ。

 自分の寝台は、扉のすぐ脇である。


「……それにしても」


 空いた寝台に腰を下ろし、ラーメルトは掌の魔結晶を見つめた。

 渡されたときには、確かに光っていた。なのに、なぜ、光らなかったのか。

 疲れた頭では、考えはまとまらない。


「明日、彼女に聞かねばならないことが、増えましたね」


 ため息をひとつ。

 掌の中で、それは、ただの石の重さをしていた。


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