数字で買う信頼
越えられぬ谷を隔てた二つの村。
その距離を測るためにラーメルトは海の老人から学んだ術を応用した。
谷のこちら側の村を一点とし、そこから測れる場所にもう一点を取る。その二点の間の距離は鎖で正確に測れる。これを「基線」とする。
そして、その二点それぞれから、谷の向こうの村を見る。見る角度をあの角度計で正確に測る。
基線の長さと、両端からの角度。この三つがわかれば、三角形の形はひとつに定まる。ならば、向こうの村までの距離も計算で求められる。歩かず、縄を渡さず、ただこちら側から測るだけで。
――三角測量。
海の上で船が遠くの島までの距離を測るのと同じ理だった。
「本当にそんなことで距離がわかるの?」
半信半疑のフルメアにラーメルトは頷いた。
「わかります。星を見て南北を知るのも、谷の向こうを測るのも理は同じ。この足で行けない場所を角度だけで手繰り寄せるんです」
一行は幾日かかけて、慎重に測量を進めた。基線を鎖で幾度も測り直し、角度を何度も計り、平均を取る。エノアがそのすべての数字を几帳面に書き留めていく。
そして、ラーメルトはその数字を計算し、一枚の紙に答えを記した。二つの村の間の距離。歩かずして求めたその数字を。
◇
答えを携え、ラーメルトは再びメトレール家の門を叩いた。
エルシオは無言でその紙を受け取ると、書斎にこもった。そのまま――半日、扉は開かなかった。
ようやく現れたエルシオの顔から、あの冷ややかな硬さは剥がれ落ちていた。血の気を失い、何かに打たれたように頬がわずかに強張っている。
「……この数字は」
その声が掠れていた。
「我が家に伝わる古い測地の記録と、尺度を合わせてみたが……一の位まで違わぬ」
メトレール家には先祖がその二村の距離を測った記録があったのだという。だが、それは家伝の秘術で測られたもの。当主以外、その方法を知る者はない。
その秘中の数字と、ラーメルトがまったく別の方法でたどり着いた数字がぴたりと一致した。
「お前は……素人ではないな」
ラーメルトを見るその目から、蔑みは消えていた。代わりに宿っていたのは対等の相手を初めて見出した者の静かな驚きだった。
「言葉は信じられぬ。地位も、王命も信じられぬ。だが――数字は嘘をつかぬ。お前の引いた線は正しい」
エルシオはゆっくりと館の奥を指した。
「来い。……見せたいものがある」
ラーメルトは静かにその後に続いた。
信頼は言葉でも権威でもなく――たった一枚の紙に記された、正しい数字で贖われた。
この旅でラーメルトが手にした何よりも重い報酬だった。




