間合いの当主
ケルシウス領を後にした一行が次に向かったのは。
七賢家のひとつ。長さと、空間を司るメトレール家の領地だった。
ラーメルトがこの家を訪ねる理由は、ひとつだった。メトレール家は古くから、測地――土地を測る術に長けた家だという。長さの基準を探すこの旅で避けては通れぬ家だった。
だが。
その当主はこれまでの誰よりも気難しい人物だった。
「お引き取り願おう」
門前に立っていたのは痩せた神経質そうな男だった。年の頃は四十がらみ。そして――話す間じゅう、奇妙なことが起きていた。ラーメルトが一歩詰めれば、エルシオはきっかり一歩退く。二人を隔てる間合いはまるで見えない鎖で結ばれているかのように、寸分も縮まらなかった。目分量ではない。その足は毎回まったく同じ歩幅で、寸法を測るように後退した。
「王命により参りました。度量衡と地図のために――」
「知っている」
エルシオはラーメルトの言葉を遮った。
「王命などどうでもよい。……私は、余人にこの家の測地の術を明かす気はない。まして、他家の地図作りに力を貸す気もな」
「なぜです」
「線というものは」
エルシオは冷ややかに言った。
「測った者にしか引けぬ。お前の引いた線が正しいと、なぜ私が信じねばならん。どこの誰とも知れぬ素人の当て推量に、我が家の名を貸す気はない。まっぴらだ」
――素人の引いた線。
素人、という一語が測量士としての矜持を静かに刺した。それでも、腹は立たなかった。この男はいい加減な線を何より憎んでいる。誤った一本の線がどれほどの害をなすか、身をもって知っているのだ。――その頑なさはラーメルト自身の心と寸分違わなかった。
「……では」
ラーメルトは静かに言った。
「私の線が正しいと証明できたなら。ご協力をいただけますか」
エルシオの眉がわずかに動いた。
「証明、だと。どうやって」
「あなたが認める方法で。……ひとつ、私に課題をお与えください。私がそれを測ってみせます。私の数字があなたのお眼鏡に適うかどうか。それで、判じていただきたい」
エルシオはしばらくラーメルトを見つめた。値踏みするような目だった。それから、彼は一枚の白紙をラーメルトに突きつけた。
「では、この領地の二つの村の間の距離を測ってこい。……ただし、その間には越えられぬ谷がある。歩いても、縄を伸ばしても、測れぬ。それを測ってみせたなら、話を聞いてやろう」
越えられぬ谷を隔てた二村の距離。
歩測は使えない。鎖も届かない。
――だが。
歩けず、縄も届かぬ谷。ふつうなら手も足も出ない難題に――ラーメルトの口元は、かえってほころんだ。答えをもう知っていたからだ。
「承知しました」
歩けず、縄も届かぬなら。使う術はひとつ。
星と――そして、海の老人から学んだ、あの三角の術だ。
ラーメルトは白紙を受け取り、深く頭を下げた。
門前払いはまだ覆っていない。だが、その手には確かに道が握られていた。




