南の火
マギアードでの測量を終え、一行はキーロイス王国へ戻った。
次に目指すは――国の南。
七賢家のひとつ、ケルシウス家が治める火山の領地であった。
南へ進むにつれ風景はまた変わり、緑はまばらになって、大地は黒っぽい岩肌を見せ始める。空気には微かに硫黄の匂いが混じっていた。そして、遠く地平の彼方に巨大な山が聳えていた。その頂からは絶えず薄い煙が立ちのぼっている。
「あれが……火山?」
エノアが帳面を抱えたまま、見上げた。
「ええ。ケルシウス家の領地の象徴です」
ラーメルトもその威容を見上げた。
火山。地の底の火が噴き出す山。学院の書物では読んだことがある。だが、実物を見るのは初めてだった。その絶えぬ煙はまるで山そのものが静かに怒りを堪えているかのようだった。
領地の入口の村で一行は休息を取った。その村の老人が火山を見上げるラーメルトに話しかけてきた。
「旅のお人かね。……あの山が珍しいかね」
「ええ。……よく、噴かないものですね。あれほど煙を上げていて」
ラーメルトが言うと、老人は少し声を潜めた。
「昔はな。もっと、静かな山だったそうじゃ。……じゃがある時から、ああして怒りっぱなしになったと言い伝えられておる」
「ある時、というと」
「さあて。……ずっと昔じゃ。それこそ、この世が始まった頃かもしれん」
老人は火山を見上げ、目を細めた。
「山が怒っておる、とな。二百年、ずっと怒っておる。……儂らは、そう聞いて育った」
――二百年。
ラーメルトの心臓が跳ねた。
書庫の空白。百五十年より、古い記録の断絶。あれがいつ始まったのか。正確にはわからない。だが、もし、その源が二百年前だとしたら。
この火山が怒り始めたのも二百年前。
偶然だろうか。それとも。
「二百年前に……何かあったのですか」
ラーメルトが問うと、老人は首を振った。
「知らんよ。誰も知らん。……ただ、山が怒り始めた。それだけじゃ」
誰も知らない。
また、それだ。二百年前に何かが起きたのかもしれない。世界が変わるほどの何かが。そして、その記憶がどこかで失われ、痕跡だけが意味を失って、あちこちに残されているのかもしれない。
痩せた大地。荒れた海。そして――怒れる火山。
ラーメルトは煙を上げ続けるその巨大な山を見上げた。
あの山の火の奥に、この世界の隠された真実を知る鍵が眠っている。
なぜか、そんな確信があった。
その領地を治めるケルシウス家の当主がどんな人物なのか。
ラーメルトはまだ、知らない。
だが――この怒れる火山の番人が、ただ者であるはずがない。
頂の煙を目に映したまま。ラーメルトは一行とともに火山の麓へと足を踏み入れた。




