隠れ里の灰
マギアードでの測量が終わりに近づいたある日。
フルメアが地図を見ていて、ふと手を止めた。
「ねえ、ラーメルト。……ここ」
彼女が指したのはマギアード領の辺境。街道からも外れた山あいの一点だった。
「この近くだと思うの。……私の村があった場所」
地図を押さえた指の先が小さく震えていた。
ラーメルトはしばし逡巡した。測量の旅程からは外れる。危険もあるかもしれない。だが――フルメアの目を見れば、連れて行かないという選択はなかった。
「……行きましょう。ただし、私と二人だけで。レオンハイトたちには宿で待っていてもらいます」
私用の訪問であることを告げ、監視役から許可を得たうえで、二人はフルメアの故郷跡へと向かった。
◇
そこはもう、村の体を成していなかった。
焼け落ちた家々の黒い残骸。崩れた石壁。焦げた木々。すべてを時と雨風が少しずつ土に還そうとしていた。人の営みの痕跡は灰と瓦礫の下に静かに埋もれていた。
「……ここが」
フルメアはその廃墟の中をゆっくりと歩いた。ここに家があった。ここで皆と笑った。ここで祖父から魔結晶の作り方を教わった。そのすべてが灰になっていた。
ラーメルトは言葉をかけられなかった。ただ、静かに後ろから見守った。
やがて、フルメアは一軒の家の跡の前で膝をついた。焼け跡をそっと手で払う。
瓦礫の下から、黒く焦げた小さな天秤が現れた。皿の片方が歪み、鎖が焼き切れた古い天秤。
「……おじいちゃんの秤だ」
フルメアの頬を涙が伝った。
「魔結晶を作るとき……素材の重さをこれで量ってた。おじいちゃん、いつも言ってた。『正しく量れ。ごまかすな。それがこの家の誇りだ』って……」
正しく量れ。ごまかすな。
その言葉がラーメルトの真ん中を射抜いた。
――正しく量ることにこの身を捧げてきた自分の真ん中を。
カーデルクスの家はかつて、魔法大戦の戦犯と記録された家系。だが、この焦げた秤は告げている。皿は歪み、鎖は焼き切れても、この家が何を誇りとしていたかを。この家は――ごまかすことを何より恥じる家だったのだ。
人命を使う邪道の術式をこの家が良しとするはずがない。むしろ、この家は――そういうごまかしに抗った家だったのではないか。
「フルメア」
ラーメルトは静かに言った。
「私は、あなたの家が禁忌を犯した家だとは思いません。この秤を見れば、なおさらです。……あなたの家は、正しく量ることを誇りとした家だ。ごまかしを憎んだ家だ」
フルメアは涙を拭い、焦げた秤を胸に抱いた。
「私、ずっと……怖かったの。カーデルクスは戦犯だって、記録にあるから。私の家は本当に悪いことをしたんじゃないか、って。……でも」
彼女は顔を上げた。涙で濡れた目がもう揺れていなかった。
「私、突き止める。私の家が本当は何をして、何をしなかったのか。誰が私たちを戦犯に仕立てて――誰がこの村を焼いたのか」
その決意に満ちた横顔をラーメルトは見つめた。
――襲撃者の紋章は王国の鷲だった。だが、その糸はマギアードの貴族へも伸びているように思えた。そして――そのさらに奥に。
ばらばらの点が今、フルメアの決意を軸にひとつの線を結ぼうとしていた。
二人は村の跡に祈りを捧げ、その場を後にした。
フルメアの腕の中にはあの焦げた天秤がしっかりと抱かれていた。




