魔導の遺産
壊された道具の件はマギアードのその貴族家に抗議として伝えられた。だが、当の貴族は「知らぬ存ぜぬ」の一点張りで証拠の紋章飾りも「盗まれたものだろう」とはぐらかした。
深追いはできなかった。他国で確たる証拠もなく貴族を追及すれば、こちらの立場が危うくなる。ラーメルトは奥歯を噛みしめ、いったん矛を収めた。
壊された鎖と角度計の代わりは、残った部品と目盛りを基準に以前と同じ尺度へ合わせてもらい、マギアードの都でなんとか調達した。数日、都に留まる羽目にはなったが、この国でなければ叶わなかったことだろう。
その都の工房で。ラーメルトはこの国のもうひとつの顔を知ることになる。
「ほう。角度を測る道具か。……なるほど、なるほど。ならば、こういう、仕掛けはどうかね」
工房の老いた職人はラーメルトの注文を聞くと目を輝かせ、幾日もかけて精巧な部品を組み上げていった。グラディオの鍛冶とはまた違う、歯車とぜんまいを組み合わせた精密なからくり。――まるで生きているかのように滑らかに動く。だが、勝手も癖も違う。使い慣れるまでにはまだ時が要りそうだった。
「素晴らしい……。この技術は」
「ふふん。我が国はな、かつて魔導の王国だった。魔法とからくりを掛け合わせた技じゃ。……今は魔法が薄れて、からくりの部分だけが細々と残っておる」
職人は少し寂しげに言った。
「マギアードはな、この国は忘れておらんのよ。かつて、我らがどれほどの技を持っていたか。……そして、それを何のために差し出したかを」
「差し出した?」
ラーメルトが問い返すと、職人の饒舌がふつりと止まった。皺深い口元が固く引き結ばれる。
「……いや。年寄りの繰り言じゃ。忘れてくれ」
だが、その言葉尻にラーメルトは引っかかった。
差し出した。かつて、この国がその優れた魔導の技を何かのために。
この国はかつて、何かにその技を供出した。そして、その見返りを得られなかったと思っている。だから、他国に猜疑の目を向ける。だから、失われた栄光にこだわる。
――何を差し出したのか。誰に。何のために。
また、ひとつ。答えの見えない問いが増えた。だが、その問いはあのドルトン家の祭文と――「大地を挙げた」という、あの一節とどこかで繋がっている、そんな気がラーメルトにはしていた。
新しい角度計を受け取り、工房を後にする。
都の雑踏を歩きながら、ラーメルトは考えていた。
薄れた魔法。痩せた大地。荒れた海。忘れられた祭文。差し出された技。
この衰えた世界のあちこちに散らばった傷跡。それらは皆、遠い、遠い昔のひとつの出来事に由来しているのではないか。
――「大地を挙げた」、あの出来事に。
まだ何ひとつ確かなことはない。だが、ラーメルトの測量士としての直感が告げていた。この旅の果てにはこの世界の根源に関わる途方もない真実が待っている、と。




