量の合わぬ年
祭りの翌朝。
ラーメルトはどうしても確かめたいことがあり、アメデオにある頼みごとをした。
「収穫の記録を?」
「ええ。ご当主は毎年、収穫の量をきっちり量る、と仰いました。その記録が古くから残っているなら――見せていただけませんか」
量の合わぬ年は世が傾く。その家訓を聞いたときから、ラーメルトの頭を離れなかった。ドルトン家が何百年と収穫の量を記録し続けてきたのなら、それはこの土地の、いや、この世界の長い時間の変化を映す鏡かもしれない。
「ふむ。まあ、隠すようなものでもない。……ついてきなされ」
アメデオが案内したのは館の奥まった窓の少ない一室だった。かび臭い薄闇の中、壁一面の棚に古い分厚い台帳が背を揃えて並んでいる。年代順に寸分の狂いもなく。
「これがドルトン家の収穫台帳じゃ。……我が家がこの地を治めて以来、一年も欠かさずつけてきた」
ラーメルトは棚の端から端までをゆっくりと目で追った。何百年という歳月が隙間なくそこに積み上がっている。
――これこそ、あの書庫の空白とは対極のもの。連綿と途切れず続く記録。ドルトン家の頑なな律儀さが消されることなく守り抜いた時間の堆積。
「拝見してもよろしいですか」
ラーメルトはエノアとともに古い台帳を遡っていった。近年の収穫量から、順に十年、五十年、百年と。
その膨大な数字の羅列の中に。
ラーメルトはある傾向を見つけた。
「……エノア。この数字を書き出してみてください。年ごとの収穫量を」
ドルトン家では代々、同じ畑について、同じ基準の升を用い、収穫量を記録してきたという。これなら、年代が違っても数字を比べることができる。
エノアが帳面に数字を書き写していく。豊作の年も、凶作の年も、ある。数字は年によって、大きく上下する。一見、でたらめに。
だが。
その上下する数字を長い、長い時間の幅で均してみると。
「……減っている」
ラーメルトが呟いた。
「ごくわずかずつ。ですが……この百年、いや、もっと長い間で収穫の量が少しずつ減り続けている」
一年、二年ではわからない。豊凶の波に紛れてしまう。だが、百年、二百年という、長い物差しで均してみれば。この土地の実りはゆるやかな下り坂を確かに下り続けていた。
「そんな馬鹿な……。ドルトンの土が痩せておるというのか」
様子を見に来ていたアメデオが覗き込んで、顔を曇らせた。
「土が悪くなったわけではないと思います」
ラーメルトは慎重に言った。
「肥料も耕し方も、昔より良くなっているはず。なのに、実りは減っている。……これは、土だけの問題ではないのかもしれない。もっと大きな何か――この土地を、いえ、この世界を包む何かが少しずつ変わっているのではないか、と」
ラーメルトの脳裏にいくつもの断片が浮かんだ。
薄い空間魔素。使いにくい魔法。理由もなく荒れる内海。意味を失った詫びの祭文。そして、この痩せ続ける大地。
ばらばらの点。だが、それらすべてが、ひとつの大きな、ゆっくりとした変化を指し示しているような。世界そのものが静かに衰えていっているような。そんな寒気のする予感。
「量の合わぬ年は、世が傾く……」
ラーメルトはあの家訓を口にした。
「アメデオ殿。あなたのご先祖は、もしかしたら――知っていたのかもしれません。このゆっくりとした衰えを。だから、量り続けよ、と。量が狂い始めたら、それは世が傾く兆しなのだ、と」
アメデオは何も言わなかった。節くれだった指が台帳の最後の頁をそっとなぞる。
その数字は――この家が記録を始めて以来、最も小さな収穫量を示していた。




