詫びの祭祀
祭りは日暮れとともに始まった。
村の中央の古い祭壇。そこに、その年の初穂がうずたかく積まれる。松明が焚かれ、村人たちが円を描いて集う。
だが――その様子は、ラーメルトの知るどんな祭りとも違っていた。
豊穣の祭りと聞けば、普通は賑やかな感謝の宴を思い浮かべる。だが、この祭りは静かだった。
村人たちは笑わない。踊らない。ただ頭を垂れ、祭壇へ低く古い歌を手向けている。豊穣を喜ぶ声には聞こえなかった。むしろ、何かを悼むような。
「これは……感謝の祭りではないのですか」
ラーメルトが隣のアメデオに小声で訊いた。アメデオは静かに首を振った。
「感謝の祭りでもある。じゃが、それ以上に、これは――詫びの、祭りじゃ」
「詫び? 誰に、何を詫びるのです」
「……それがわからんのじゃ」
アメデオは困ったように髭を掻いた。
「先祖代々伝わる祭りでな。この祭文を唱えるのが決まりなのじゃ。じゃが、その意味はもう誰も知らん。ただ唱えろと言い伝えられてきた。それだけじゃ」
ラーメルトは耳を澄ました。
村人たちの唱和する古い祭文。聞き慣れぬ古い言い回しが多い。だが、その中にはっきりと聞き取れる一節があった。
――大地は、賢者が鎮めたのではなく、挙げた。
「……今、なんと」
指先から熱が引いた。
「大地は、賢者が鎮めたのではなく――挙げた?」
「ん? ああ、その一節か。昔からそう唱えるのじゃ。妙な文句じゃろう? 大地を挙げる、などとな。詩の綾か何かじゃろうが」
アメデオは事もなげに言った。彼にとっては意味のわからぬ、ただの古い言葉なのだ。
だが、ラーメルトの内側で何かがざわめきはじめていた。静かに。けれど、抑えようもなく。
――大地を、挙げる。
鎮める、ではなく。持ち上げる。
賢者が。大地を。
意味はわからない。まるでわからない。だが、これは――何か途方もなく大きなことを語っている。そんな、確信めいた予感があった。
「アメデオ殿。この祭文はいつから伝わっているのですか」
「さあて。祭りそのものは、少なくとも我が家がこの地を治めるようになるより、ずっと前からあったそうじゃ。今では七賢家などと呼ばれとる家々も、建国よりはるか昔から、それぞれの土地に根を張っておったと伝わっとる。……じゃが、この祭りがいつ始まったのか。それより古いことは、もう誰にもわからんよ」
建国よりはるか前。
今では七賢家と呼ばれる家々が、まだ別の名で在った頃から。
あの書庫の百五十年の空白。その向こうへと、この祭文は繋がっているのだろうか。
消された記録のそのさらに向こう側から。この意味を失った祭文だけが細々と生き延び、今もこの村で唱えられている。
――詫びの祭り。誰に、何を詫びる?
大地を挙げた。賢者が。
ラーメルトは松明の炎をじっと見つめた。揺れる炎が闇に大きな影を投げている。まだ名も形もない。だが、確かにそこに在る何かの影を。
「面白い祭りでしょう」
いつの間にか傍らに来ていたフルメアが微笑んだ。彼女には、ただの風変わりな田舎の祭りに見えているのだろう。
「……ええ。とても」
ラーメルトは上の空で頷いた。
ラーメルトは傍らのフルメアへ目を向けた。彼女が持つ、あのどこのものとも知れない意匠の護符。その意匠と、この祭文と。
繋がるはずのない二つのものが、なぜかラーメルトの中で共鳴していた。




