東部測線
トリスタットを離れ、一行は東へ向かった。
目指すは、マギアード公国――ではなく、その手前に広がる、キーロイス王国東部の豊かな穀倉地帯である。この一帯を治めるのが、七賢家のひとつ、ドルトン家であった。
「賢家……。ラーメルトのお父様も、賢家なのよね?」
道々フルメアが訊いた。ラーメルトは頷く。
「ええ。私の家、グレイン家も王家に連なる古い家柄です。……もっとも、私自身はそういうものにあまり頓着してきませんでしたが」
賢家。この国の建国に深く関わった七つの古い家々。王家キーロイスの下に連なり、それぞれが、古くからの領地と家伝の技を受け継いでいるという。ドルトン家もそのひとつ。土と実りの家である。
東部に入ると風景が一変した。見渡す限りの麦の畑。黄金色の穂が、風にさざなみのように揺れている。
「すごい……。こんなに、広い畑、見たことない」
エノアが帳面を抱えたまま、見とれていた。
この東部測線を、ラーメルトは旅の最初の本格的な測量区間と定めていた。まっすぐな道が、長く続き、目印となる大樹も多い。歩測と鎖で道の長さを測り、夜には天測で南北の位置を確かめる。三つの測り方を実地で存分に試せる場所だった。
一行は村から村へと、道の長さを測り継いでいった。ラーメルトが歩数を数え、フルメアとレオンハイトが鎖を伸ばし、エノアがその数字を帳面に書き留めていく。夜には、ラーメルトが星の高さを測る。
地道で根気の要る作業だった。だが、一行の顔に疲れはあっても暗さはなかった。測るたびに、この世界の正確な姿が少しずつ明らかになっていく。その手応えが、皆を支えていた。
やがて、一行はドルトン家の当主が住まう館へと招かれた。
迎えたのは、意外な人物だった。
「おお、おお! よう来なすった、王命の使者殿!」
賢家の当主と聞いて、ラーメルトは荘厳な、貴族然とした人物を想像していた。だが、現れたのは――日に焼けた顔のたくましい体つきの、まるで老いた農夫のような男だった。
それでも、名乗りに先立つ一礼だけは、寸分の狂いもない折り目正しいものだった。育ちだけは隠しきれていない。
「アメデオ・ドルトンじゃ。むさ苦しいところじゃが、ゆるりとしてくれ」
アメデオはラーメルトの手を両手でがっしりと握った。その手は硬く、豆だらけで――貴族の手ではなかった。畑を耕し、土に触れてきた者の手だった。
「失礼ながら……ご当主が自ら畑に?」
ラーメルトが思わず訊くと、アメデオは豪快に笑った。
「当たり前じゃ! 土の声を聞かずして、何が土の家か。……我が家の家訓を教えてやろう」
アメデオは目を細めた。
「『量の合わぬ年は、世が傾く』――収穫の量を毎年、きっちり量る。その量が狂う年は、必ず世に良からぬことが起きる。……先祖代々の言い伝えじゃ」
量を、量る。
その言葉に、ラーメルトはふと自分の手のひらを見た。この土の家の当主もまた、自分と同じように――「測ること」に取り憑かれた一族なのかもしれない。
「して、王命は度量衡と地図だそうじゃな。結構、結構。このだだっ広い畑を、正確に測ってくれるなら、こちらも、大助かりじゃ。……ときに」
アメデオはふと思い出したように言った。
「ちょうど明日は村の祭りの日でな。豊穣を祈る、古い祭りじゃ。……よければ、見ていかんか。ちと変わった祭りじゃぞ」
変わった祭り。
その言葉の意味を、ラーメルトは翌日、思い知ることになる。




