紋章
城下町の道を、ふたりは並んで歩いた。
フルメアは語った。自分の持つ魔結晶がどういうものか。空間魔素の足りぬこの世で、どうやって魔素を石に織り込むのか。灯り以外の術式を織り込んだ魔結晶も作れる――ただし、灯りの魔結晶には悪用を防ぐ細工が施してある――こと。もっとも自分の腕では、灯り以外は織り込めないのだということ。
「――ということは。何も術式を織り込まない、空間魔素だけの魔結晶も、作れるわけですね」
「作れるわ。でも、作らない。家で固く禁じられているの」
魔法大戦の元凶とまで言われた代物。その正体は、何も織り込まれていない、まっさらな魔結晶である。
そして、この娘の技術は、遺跡からの発掘に頼らず、それを生み出せるということでもあった。
本来、魔法を使うには秘薬が要る。秘薬の数が、使える魔法の数を決める。魔術師とて、いつでも魔法が使えるわけではない。
それが、石ひとつで覆る。
「逆に、術式を織り込めば、その術式だけが発動し続ける。もしくは言葉で、好きなときに発動できる――ということですね」
掌のほんのりと光る石を眺めながら、ラーメルトは確かめた。
腕の立つ付与魔術師であれば、より複雑な術式も織り込める。破壊の魔法を織り込めば、どうなるか。
言葉ひとつで、人が死ぬ。
そういう石が、できあがる。
大戦ではそうした魔結晶が量産されたというが、今見つかるものの多くは言葉が失われ、発動もできない。まれに何の術式も持たぬ塊が出土することがあり、それは学院も国も通さず、裏で法外な値で取引されるとも聞く。
「失われたはずの技術を持つ人がいるとわかれば……狙う者も、多いでしょうね」
ラーメルトが言うと、フルメアはしばらく黙って歩いた。
やがて、前を向いたまま、話し始めた。
村が、襲われたこと。
自分はたまたま、魔結晶の素材を採りに出ていたこと。
戻ったときには、村の多くが、もう動かなかったこと。
魔法で抗った者もいたこと。だが、破壊の術式を織り込んだ魔結晶も、まっさらな魔結晶も、村では作っていなかったこと。
何人かが、連れ去られたこと。
そして――辛うじて生き延びた者が、倒れていた襲撃者の鎧に、あるものを見たこと。
声は、平らだった。
人通りが薄くなるにつれ、その声も、少しずつ低くなっていった。
足音が、止まった。
「この国の紋章が、ついていたそうよ。……鷲の」
フルメアは、ラーメルトを見上げた。
「その理由を突き止めて、連れて行かれた人たちを探すために、私はこの国へ来たの。だから、表に出るしかなかった」
「――軽率すぎます」
声が、低くなった。学院で生徒を叱るときの声だった。
この国の、それも宮廷魔術師の縁者に接触するなど、危険な賭けにもほどがある。襲撃者の仲間が、王都にいないとも限らないのだ。
「私が、その村を襲えと指示した側の人間だったら、どうするつもりだったのです」
しゅんと肩を落とすフルメアを横目に、ラーメルトは付け足した。
「――まあ、違いますけども」
聞こえぬほどの、小さな声で。
歩きながら、ラーメルトは考えを巡らせた。
百年前、処刑されて絶えたと伝えられてきた家系が、実は生きていた。連れ去られた者がいる以上、襲撃者は、あの村が魔結晶を作れる村だと知っていたはずだ。とすれば、その情報はどこかで漏れたか、あるいは極秘に掴まれたか。
この時期に、である。建国百年の、この時期に。偶然なのか、狙ったのか。
ラーメルトは、顎先を摘まむように触った。
――ふと、魔術師行方不明の件が頭をよぎった。
鞄から、一枚の羊皮紙の地図を取り出す。
「フルメア。教えたくないのは承知の上ですが――あなたの村は、この地図で言うと、どのあたりですか」
フルメアは地図をじっと睨んで考え込み、やがて首を横に振った。
「載ってないわね。そもそも隠れ里だもの、載っていたら困るのだけど……」
「ですから。この地図で言うなら、どのあたりに、なりますか」
フルメアはもう一度地図に目を落とし、ある一点の付近を、指で丸くなぞった。
「……このあたりよ」
ラーメルトは、その指先を見つめた。
そこは、父の言った一帯と、目と鼻の先であった。魔術師の行方が絶えたという、あの場所である。街道から外れ、地図もあてにならず、それゆえ調べの手が遅れている地域である。
失われた技を持つ隠れ里の、襲撃。
魔術師だけが消える、行方不明。
ふたつの点が、地図の上で、ほとんど重なっている。
「……そうなると、やはり、ひとりでは厳しいですね」
ラーメルトは空を見上げて呟いた。
人手が要る。だが、国はあてにできない。襲撃者の鎧には、この国の紋章がついていたのだから。
では、魔術学院は。まさか学院が関わって――
挙げては、否定する。挙げては、否定する。
そんなラーメルトの脇腹を、フルメアがつついた。
「酒場、着いたわよ」




