家名
「出どころもわからない品は、怖くて使えませんね」
なぜ、と言わんばかりの顔で、フルメアがさらに距離を詰める。
「出どころは明かせない。……それに、拾いものでもない」
語尾が、弱まった。あまり口外したくない、という気配が滲む。
「まさか、盗品ですか」
「違うわよ! これは、私が作ったの」
ラーメルトは、フルメアとその手の結晶とを、交互に見た。
「そういう技術は、先の大戦の禍根として――資料も、人も、そのほとんどが失われたはずです。それに何より、今の空間魔素の量では、到底作れる代物ではないと思うのですが」
先の大戦。世間では、魔法大戦と呼ぶ。
百年前。空間魔素を封じ込める技が生まれ、素質さえあれば、秘薬なしに魔法が扱えるようになった。文明は一気に進んだ。そして魔術師は、魔法を持たぬ者たちを区別し、見下し、踏みつけた。それに立ち向かったのが、いまの王家の祖先――と、伝わっている。
大戦の終わり、追い詰められた魔術師が、空間魔素を食らい尽くす自爆の魔法を放った。魔素は涸れ、百年経ってなお戻らない――とも、伝わっている。
伝わっている、というだけである。だが、魔術師に向けられる目は、いまも、その「伝わっている」でできている。
「すべての技術が失われたわけでも、すべての人が殺されたわけでもないわ。それに、大戦の原因は技術じゃない。その技術と道具を、悪用した連中じゃないの!」
白い頬に、血が上っていた。
勝ち気な口ぶりは、どこかへ行っていた。握りしめた拳が、小さく震えている。
「仮に技術が残っていたとしても、あなたがこれを作ったという証拠には、なりませんよね」
ラーメルトは結晶から目を離さないまま、問う。歴史を知っていれば、誰でも思いつく理屈である。
フルメアはうつむいたまま、震えていた。やがて、顔を上げる。
「フルメア・カーデルクス」
――通りのざわめきが、遠のいた。
「……はい?」
「フルメア・カーデルクスよ。私の、名前」
呆けた声も出ようというものである。
王族か、その血筋。あるいは、国の重職に就くことを許された家系。この国で家名を名乗れる者は、ほんのひと握りしかいない。
そして――カーデルクス家は、先の大戦の戦犯として処刑された、と記録される家系のひとつであった。
「言いにくいことですが、カーデルクス家は、それこそ先の大戦で……」
そこまで言って、ラーメルトは言葉を止めた。
先の大戦で、群衆に狩られた付与魔術師の家系は、数多い。
処刑と、虐殺。伝わる言葉は、場所によって違う。
もし本当にカーデルクスの者であるなら――みなまで言わずとも、この娘が、いちばんよく知っている。
「さっきも言ったけど、全員が殺されたわけじゃないわ。何名かは、逃げ延びた。逃げるのに必死だったから、資料はほとんど失われたみたいだけど」
フルメアは深く息を吸い、体の強張りを少しずつ解いていった。紅潮が引いていく。
「逃げ延びた人たちが、集まって暮らしている場所があるの。……どこかは、言わない。まだ、信じてもらえてないみたいだし」
肩をすくめてみせる。だが、目は逸らさなかった。
「でも、家名まで名乗ったのは、あなたが初めて。それがどういうことか――少しは、考えてくれると嬉しいのだけど」
「だとしても、なおのこと。魔術学院か、それこそ宮廷魔術師のもとへ先に行くべきだったのでは?」
「行ってないと思う? どっちも、入り口で追い返されたわよ」
それはそうだろう、とラーメルトは思う。学院の生徒でも導師でもなく、魔結晶を携えただけの素性の知れぬ者を、国の重要な建物に入れるわけがない。かと言って家名を明かせば、下手をすれば捕らえられる。大戦時の罪は建国にあたり恩赦されているとはいえ、魔術師を毛嫌いする者は、今も少なくないのだ。
「まあ、そうでしょうね。それで、どうして私なのです」
「魔術学院に行ったとき、馬車に乗るあなたが見えたの。入り口の人に聞いたら、ご丁寧に教えてくれたわ。宮廷魔術師の息子ですって」
なるほど、と合点がいった。方々で拒まれれば、個人を狙うのは道理である。
「あなたは、私を信用して、家名まで名乗った。私があなたを国に売る可能性もあるのに――どうしてです?」
「目よ。私、人を見る目があるの」
フルメアは、まっすぐに見上げてきた。まばたきひとつ、しない。
理由になっていない。ラーメルトは見つめ返したまま、呟いた。
「――その目が、曇っていないと良いですね」
微笑んでそう返すと、フルメアは頬を染めて、ぷいと顔を背けた。
「そ、そういうわけだから、あなたにこれを渡したいのよ」
差し出された魔結晶は、ほのかに光を帯びている。石からは、微かに魔素が感じられた。
「これは、光しか灯せないのですか」
石を裏返し、光の芯を覗き込む。
――この石で、人が殺せはしないか。
「私の腕が未熟だから、光を灯すのが精一杯よ」
「特別な言葉の説明も、していただけるのでしょうね?」
根負けした風にラーメルトが問うと、フルメアの目が、まるくなった。
「ただし――お代のやり取りなしで、というわけにはいきません。それと」
ラーメルトは、掌の光を見つめたまま続けた。
「あなたが私に会いに来た本当の目的は、魔結晶だけではないでしょう。その説明も、していただけますか」
これほどの品を、ただ渡しに来るはずがないのである。
フルメアの顔から、ふっと営業めいた笑みが消えた。
「……そうね。しなきゃいけないわね、その話。少し長くなるから、歩きながらでもいい?」
「わかりました。では、移動しましょうか」
ふたりは、連れ立って歩き出した。




