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世界は見たままの姿をしているか?  作者: 古代羊
第一章 魔術師失踪事件
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家名

「出どころもわからない品は、怖くて使えませんね」


 なぜ、と言わんばかりの顔で、フルメアがさらに距離を詰める。


「出どころは明かせない。……それに、拾いものでもない」


 語尾が、弱まった。あまり口外したくない、という気配が滲む。


「まさか、盗品ですか」


「違うわよ! これは、私が作ったの」


 ラーメルトは、フルメアとその手の結晶とを、交互に見た。


「そういう技術は、先の大戦の禍根として――資料も、人も、そのほとんどが失われたはずです。それに何より、今の空間魔素の量では、到底作れる代物ではないと思うのですが」


 先の大戦。世間では、魔法大戦と呼ぶ。

 百年前。空間魔素を封じ込める技が生まれ、素質さえあれば、秘薬なしに魔法が扱えるようになった。文明は一気に進んだ。そして魔術師は、魔法を持たぬ者たちを区別し、見下し、踏みつけた。それに立ち向かったのが、いまの王家の祖先――と、伝わっている。

 大戦の終わり、追い詰められた魔術師が、空間魔素を食らい尽くす自爆の魔法を放った。魔素は涸れ、百年経ってなお戻らない――とも、伝わっている。

 伝わっている、というだけである。だが、魔術師に向けられる目は、いまも、その「伝わっている」でできている。


「すべての技術が失われたわけでも、すべての人が殺されたわけでもないわ。それに、大戦の原因は技術じゃない。その技術と道具を、悪用した連中じゃないの!」


 白い頬に、血が上っていた。

 勝ち気な口ぶりは、どこかへ行っていた。握りしめた拳が、小さく震えている。


「仮に技術が残っていたとしても、あなたがこれを作ったという証拠には、なりませんよね」


 ラーメルトは結晶から目を離さないまま、問う。歴史を知っていれば、誰でも思いつく理屈である。

 フルメアはうつむいたまま、震えていた。やがて、顔を上げる。


「フルメア・カーデルクス」

 ――通りのざわめきが、遠のいた。

「……はい?」


「フルメア・カーデルクスよ。私の、名前」


 呆けた声も出ようというものである。

 王族か、その血筋。あるいは、国の重職に就くことを許された家系。この国で家名を名乗れる者は、ほんのひと握りしかいない。

 そして――カーデルクス家は、先の大戦の戦犯として処刑された、と記録される家系のひとつであった。


「言いにくいことですが、カーデルクス家は、それこそ先の大戦で……」


 そこまで言って、ラーメルトは言葉を止めた。

 先の大戦で、群衆に狩られた付与魔術師の家系は、数多い。

 処刑と、虐殺。伝わる言葉は、場所によって違う。

 もし本当にカーデルクスの者であるなら――みなまで言わずとも、この娘が、いちばんよく知っている。


「さっきも言ったけど、全員が殺されたわけじゃないわ。何名かは、逃げ延びた。逃げるのに必死だったから、資料はほとんど失われたみたいだけど」


 フルメアは深く息を吸い、体の強張りを少しずつ解いていった。紅潮が引いていく。


「逃げ延びた人たちが、集まって暮らしている場所があるの。……どこかは、言わない。まだ、信じてもらえてないみたいだし」

 肩をすくめてみせる。だが、目は逸らさなかった。

「でも、家名まで名乗ったのは、あなたが初めて。それがどういうことか――少しは、考えてくれると嬉しいのだけど」


「だとしても、なおのこと。魔術学院か、それこそ宮廷魔術師のもとへ先に行くべきだったのでは?」


「行ってないと思う? どっちも、入り口で追い返されたわよ」


 それはそうだろう、とラーメルトは思う。学院の生徒でも導師でもなく、魔結晶を携えただけの素性の知れぬ者を、国の重要な建物に入れるわけがない。かと言って家名を明かせば、下手をすれば捕らえられる。大戦時の罪は建国にあたり恩赦されているとはいえ、魔術師を毛嫌いする者は、今も少なくないのだ。


「まあ、そうでしょうね。それで、どうして私なのです」


「魔術学院に行ったとき、馬車に乗るあなたが見えたの。入り口の人に聞いたら、ご丁寧に教えてくれたわ。宮廷魔術師の息子ですって」


 なるほど、と合点がいった。方々で拒まれれば、個人を狙うのは道理である。


「あなたは、私を信用して、家名まで名乗った。私があなたを国に売る可能性もあるのに――どうしてです?」


「目よ。私、人を見る目があるの」

 フルメアは、まっすぐに見上げてきた。まばたきひとつ、しない。

 理由になっていない。ラーメルトは見つめ返したまま、呟いた。

「――その目が、曇っていないと良いですね」


 微笑んでそう返すと、フルメアは頬を染めて、ぷいと顔を背けた。


「そ、そういうわけだから、あなたにこれを渡したいのよ」


 差し出された魔結晶は、ほのかに光を帯びている。石からは、微かに魔素が感じられた。


「これは、光しか灯せないのですか」

 石を裏返し、光の芯を覗き込む。

 ――この石で、人が殺せはしないか。


「私の腕が未熟だから、光を灯すのが精一杯よ」


「特別な言葉(キーワード)の説明も、していただけるのでしょうね?」


 根負けした風にラーメルトが問うと、フルメアの目が、まるくなった。


「ただし――お代のやり取りなしで、というわけにはいきません。それと」


 ラーメルトは、掌の光を見つめたまま続けた。


「あなたが私に会いに来た本当の目的は、魔結晶だけではないでしょう。その説明も、していただけますか」


 これほどの品を、ただ渡しに来るはずがないのである。

 フルメアの顔から、ふっと営業めいた笑みが消えた。


「……そうね。しなきゃいけないわね、その話。少し長くなるから、歩きながらでもいい?」


「わかりました。では、移動しましょうか」


 ふたりは、連れ立って歩き出した。


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