押し売りの娘
「魔術師、だけ」
ラーメルトは父の言葉を繰り返した。
「商人も、農夫も、冒険者も消えてはおらん。ここふた月で、確かめられただけでも四人。いずれも魔術師じゃ。骸も出ん。身代金の要求も、来ん」
「四人はいずれも、ノルデン街道の先の一帯で消息を絶っておる」
「攫うにしても、魔術師を選んで攫う理由がわかりませんね。……それで、なぜ私に? 冒険者へ報奨を出して調べさせる方が、早いのではないですか。彼らは荒っぽいところもありますが、仕事には誠実です」
「これはな、冒険者には頼みにくい話なのじゃ。国外に事情が漏れる恐れがあっては困る」
「では、近衛や騎士団から人を出すわけには」
「それこそ、式典の警備で人がおらん」
グレインは軽くため息をつき、髭をいじった。
「魔術師は、暇ですか」
皮肉のつもりだった。だが、口をついて出た声は、思ったより湿っていた。
――咳払いを、ひとつ。
「単独で動けと? それとも、事情を伏せて護衛を雇う分には構いませんか」
「行方知れずの理由が、何者かに襲われたことであるなら、お主ひとりでは危うい。かと言うて、人数が多すぎては冒険者に頼むのと同じことになる。雇ってよいのは――」
グレインは指を三本、立てた。
なんとも悩ましい。ラーメルトは顎先を摘まむように触った。髭があれば、父と同じように撫でつけているところである。
「かしこまりました。少し、算段を考えます。馬の確保と、日数分の食料と……」
「あまり条件が良うなくてすまぬがの、支度が整い次第、発ってもらえんか。時間が、あまり残されておらん」
「調査なのに、時間がない?」
ラーメルトは、父の顔を見た。
「それは、建国百年の式典に関わることですか」
「かなり関わる……というところじゃな」
奥歯に物の挟まった答えであった。
父がこういう言い方をするときは、問うても無駄なのである。長い付き合いで、それだけはわかっている。
「なるほど。かしこまりました」
「頼んだぞ。……命の危険を感じたら、逃げて構わん。何もかも究明せよとは言わん。何か掴めたら、報せをよこせ」
そこで、グレインは一度、言葉を切った。白い髭に、手をやる。
「――決して、無理はするでないぞ」
「では、なるべく早くに発ちます」
一礼して、ラーメルトは部屋を出た。
◇
言われていた通り、帰りの馬車は用意されていなかった。式典を控えて人手が足りぬ中、片道限りの差し回しに文句を言える立場でもない。
仕方なく歩いて城下へ戻り、ついでにと、ハンマーと革袋を重ねた看板の道具店で消耗品を買い込む。前回のハンザール行きでかなりの品を買った店で、店主の威勢のよい声に見送られて表へ出た。
買った品を確かめながら歩いていると、道の向こうから、マントを羽織った女がまっすぐに近づいてきた。
髪は、金。このあたりでは珍しい色である。
女はラーメルトの正面に立ち塞がると、営業用の笑みを咲かせた。
「お兄さん、ちょっと良い品があるんだけど。どう? いらない?」
いきなりの押し売り口調である。ラーメルトは一瞬眉をひそめ、すぐに切り返した。
「知らない人から物は買わないことにしているのでね。失礼します」
通り過ぎようとした袖が、掴まれる。
女は頬を膨らませて回り込み、ぐい、と顔を近づけてきた。背は、ラーメルトの肩にも届かない。
「私の名前はフルメアよ。これで、知らなくはないでしょ?」
爪先立ちで怒る様は、子どものようである。
もっとも――マントの下は、子どもの体ではない。ラーメルトは視線を、金の髪へ戻した。
「そういうわけでは、ないのですが……」
どういう顔をすればよいのか。反応に困った末、苦笑が漏れた。
「これ、実は魔結晶と言ってね。空間魔素を封じ込めた品なのよ」
言葉を挟ませぬ勢いでマントを捲り、肩掛けの革鞄から石を取り出す。淡い光を宿した、掌ほどの塊であった。
「ほう。……それは、本当でしょうか」
声は柔らかい。だが、目だけが石を離れなくなった。
薄く、しかし確かに、石は光を吐いている。ただの石ではない。
魔結晶そのものは、時折冒険者が遺跡から掘り出し、魔術学院へ持ち込んでくることがある。だがその大半は、発動の言葉がわからぬ、ただの石だ。
「封じた空間魔素を少しずつ使って、光を灯してくれるの」
「ただの光る石では、なく? ……それが本当なら、便利な品ですね。で、その便利な品を、どこで手に入れたのです?」
「それは秘密よ。ところで、どうなの? いるの?」
ずい、と結晶を押しつけてくる。その押しの強さに、ラーメルトは半歩、後ずさった。
「それほどの品を手放したい理由は、なんでしょう。道具店や魔術学院に持ち込む方が、よほど高く買い取ってくれると思いますが」
女――フルメアは、ふふん、と鼻を鳴らした。
「あなたに使ってほしいのよ。魔術学院の導師、ラーメルトさん?」
「……導師と名乗った覚えは、ないのですが」
ラーメルトの顔から、笑みが消えた。
フルメアは意に介さず、人差し指を立てて得意げに言う。
「魔術師なんて珍しい人たち。そのうえ宮廷魔術師の息子ともなれば、話は別。一部の人には、良くも悪くも有名人よ」
そして目を見開き、ずい、とまた詰め寄った。
「で? いるの、いらないの?」
掌の上で、淡い光がゆらりと揺れた。




