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世界は見たままの姿をしているか?  作者: 古代羊
第一章 魔術師失踪事件
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帰郷

 軋みを上げて、木窓が押し開かれる。

 石造りの部屋に、朝の匂いが流れ込んだ。


「おはようございます。戻られたのですね、ラーメルト師!」


 弾む足音とともに、女がひとり、部屋へ駆け込んでくる。

 開ききった窓から、朝の光が男に差す。眩しげに目を細めながらも、男――ラーメルトは、声の主へ笑顔を向けた。櫛を通した黒髪。どこか貴族めいた物腰。だが、木窓を押し開いた腕は袖を張り、肩から胸へかけての厚みは、荒くれの冒険者のそれと変わらない。


「おはよう、フローリカさん。昨夜、王都に着きましたよ。変わらず元気そうで何よりです」


「隣国はいかがでしたか? ハンザールの魔術学院は!」


 フローリカが、温めていた質問を待ちきれぬ様子で放つ。その後ろから、別の声が割り込んだ。


「その前に。――今朝の表の騒がしさ、お気づきになりました? 建国百年の式典に向けて、陛下が近くご発表をなさるそうですよ。……ああ、おはようございます、ラーメルト師」


「道中でも、百年目という話は耳にしましたね。なるほど。……おはよう、パスクルくん」


 ラーメルトは、勝手に答えたパスクルを睨むフローリカに苦笑しつつ、ハンザールの話を手短に語った。

 人はこの王都よりも多く、通りでは肩と肩がぶつかったこと。魔術学院とは名ばかりで、教えるのはもっぱら計算と、文字の読み書き。金を出すのは商人たちで、生徒の大半も、商人の子であったこと。


「魔法は、これから教われなくなっていくのでしょうか……」


 表情を曇らせたフローリカの頭に、ラーメルトは軽く手を添える。


「ここは王都です。魔法を体系立てて学ぶこと――それを第一に据えるのは、これからも変わりません。もっとも――」


 ふと、天井を見上げた。石の天井の、そのさらに向こうを見るような目だった。

「これだけ空間魔素が薄くては、魔法そのものが使われなくなっていくのも、道理でしょうね。……こればかりは、私たちの手には、余ります」


 ため息をつくラーメルトの袖口を、フローリカは握ったり離したりした。慌てたパスクルが、ふたりの間に割って入った。


「わ、私はどちらでも良いのですが、いつかはハンザールへ行ってみたいです!」


 話の流れとは噛み合わぬ宣言に、ふたりは顔を見合わせ、こらえきれずに笑った。

 笑いがおさまった頃、パスクルが思い出したように声を落とした。


「そういえば、ラーメルト師。ご存知ですか。バードック師が、まだ戻られていないのです」


「バードック師が?」


「ひと月ほど前に、北の村の調査に出られたきりだと、事務局の方が。……最近、そういう話を、他でも聞くのです。魔術師の方ばかりが、戻らないと」


 魔術師ばかりが。

 ラーメルトが問い返そうとした、そのとき。

 廊下の奥から、鉄の擦れる音が近づいてきた。


「失礼。こちらにラーメルト師はいらっしゃいますか」


 胸甲に、翼を広げた鷲。この国の紋章である。


「私ですが」


 差し出された封に、蜜蝋の紋。父のものだった。

 開けば、短い。急ぎ王城へ、と。

 学院の前には、すでに迎えの馬車が待っているという。ただし片道限りの急な差し回しで、帰りまでは請け合えぬ――と、鎧の男は事務的に付け加えた。


 ラーメルトはフローリカとパスクルを振り返り、ふたりの頭をぽんぽんと叩いた。


「ハンザールの土産話は、また今度にしましょう。――パスクルくん。さきほどの話、もう少し詳しく聞かせてもらう日が、案外早く来るかもしれません」


 荷物という荷物はありませんので、と鎧の男に告げ、ラーメルトは部屋を後にした。


◇


 馬車を降りる。城門をくぐる。石の長廊、中庭、また廊下。

 ――ラーメルトは、奥まった一室の前に立った。

 一呼吸を置き、扉を二度、叩く。


「ラーメルト、参りました」


「鍵はかけておらん。入って来るがよい」


 書物の溢れた部屋の奥で、白髭の男が立ち上がった。


「ご無沙汰しております」


「相変わらず堅苦しいの」


「誰が聞いているかわかりませんし、父とはいえ、宮廷魔術師殿の手前ですので」


「ふむ。まあ、そうじゃの」


 いつものやり取りだと、グレインは笑った。

 その笑みが、消える。


「帰国した早々にすまぬのじゃが、手紙の件じゃ」


「ええ。魔術師の、行方不明の件ですね」


「調べてほしいのは、その件じゃ。じゃがな、ラーメルトよ」


 グレインは声を落とした。蝋燭の火が、白い髭の影を壁に揺らす。


「消えておるのは――魔術師だけ、なのじゃ」


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