【序章】召喚理由
「このところ、魔術師が消えておるそうだな」
書物の溢れかえった部屋の奥。蝋燭の灯りに、男がふたり。
低く、腹の底に沈む声だった。その声が、向かいの男へ問いを重ねる。
「殺されているのか、攫われているのかも、わかっておらぬのか」
「探すにも調べるにも、人手が足りぬ有様でしてな」
白く長い髭を撫でつけながら、男はゆっくりと答えた。
「建国百年を目前にして、魔術師が消え、解決の目処も立たぬ――では困るのだ!」
拳が机を打ち、埃が灯りの中を舞う。白髭の男の泰然が、かえって苛立ちを煽ったらしい。
「王よ、落ち着かれよ。倅がじきに隣国から戻りまする。この件、あれに調べさせましょう。剣も魔術もひととおり仕込まれておりますし、この任に適う者も、ほかにおりませんのでな」
王は背を向け、扉の前で足を止めた。振り返らぬまま、問いを投げる。
「あれは、お主の子だ。……危うい役目だぞ。――良いのか」
「誰を行かせようと、誰かの子でございます。……儂の子だからと、庇い立てはできますまい」
「……そうか」
王は取っ手に手をかけたまま、しばし黙した。蝋燭の芯が、ぱちりと爆ぜる。
「グレインよ。余には、急がねばならぬ理由がある」
「――心得ております」
白髭の男は、それ以上を問わなかった。王もまた、語らなかった。
扉が閉じ、部屋に静けさが戻る。
蝋燭の炎が一度大きく揺れ、また立ち直った。
宮廷魔術師グレインは、誰にともなく呟く。
「殺された痕跡も、攫われた証もない。魔術師だけが、いなくなる。……そこが、どうにも気にかかるのじゃがな」
ペンを取る。羊皮紙を引き寄せ、走らせる。
――明日にも戻るであろう、息子への召喚状を。




