星を測る
突堤の上は、風がまともに吹きつけた。潮の匂いが、容赦なく鼻を突く。
その風のなか、老人は大ぶりの器具を握らせ、使い方を手ずから仕込んでいく。北の不動の星に器具の照準を合わせ、水平線との角度を目盛りから読み取る。
「水平線に基準を合わせろ。照準が星をぴたりと捉えた、その一瞬の目盛りを逃すな」
口で言うほど、たやすくはなかった。何度覗いても、水平線に基準を合わせたまま、照準で星を捉えられない。捉えたと思う一瞬、器具の先が風に押され、数字がわずかにずれる。
「……難しい」
「そりゃそうだ。船乗りだって、一人前になるにゃあ、何年もかかる。……だがな、あんた、筋はいい。手の震えを止める呼吸を知ってやがる」
――剣の、呼吸だ。
ラーメルトは胸のうちで母に頭を下げた。刃を構え、微動だにせぬ的を見据える、あの息の止め方。剣のために母が授けた呼吸が、いま、星をつかまえるために働いている。
やがて、ラーメルトの読み取る数字は少しずつばらつかなくなっていった。何度測っても、ほぼ同じ角度を示すようになる。
「……先生。この星の高さと、王都で測ったときの高さを比べれば、王都とハンザールが、南北にどれだけ離れているか、わかるのですね」
「そういうこった。……ただし、王都で、同じように測ってきてりゃあ、の話だがな」
しまった、とラーメルトは思った。王都を発つときには、この測り方をまだ知らなかった。王都での星の高さを測っていない。
「……次に王都へ戻ったら、必ず測ります。そうすれば、王都とハンザールが、南北にどれだけ隔たっているかを星から求められる。そして、その南北の隔たりを地上でも別の方法で確かめられれば――」
ラーメルトは拳を握った。
「星の高さの差が、地上の南北距離に、どう換算されるのか。その、換算の割合が、わかる。それがわかれば……もう歩いて直接測れない場所でも、星さえ見えれば、南北の隔たりを測れる」
そこまで言って、ラーメルトははっと口をつぐんだ。
――星さえ見えれば、南北の隔たりは測れる。
ならば。この世界の遠い遠い場所まで、南北にどれほど隔たっているのか。それすら、星で測れるのではないか。
この世界は、どれくらいの大きさなのか。
あの、埒もない問いへの道が、今、確かに、足元から伸び始めている。
「先生」
ラーメルトは星を見上げたまま言った。
「この星は……どこまで、届いているのでしょうね」
「はてな。俺にゃあ、わからん。……だが、船乗りは皆、こう言うのさ。あの星は、世界のどこにいても、必ず、北の空にいる、とな。海の果てでも、見知らぬ土地でも、あの星だけは、変わらず、そこにいる」
世界のどこにいても、変わらぬもの。
王が替わろうと、国が興り滅ぼうと、時代が移ろうと――そして、立つ場所がどこであろうと、ゆらがぬもの。
息が止まった。
王が探せと命じた「普遍の基準」。その糸口は、人の腕でも、町ごとの物差しでもなく――この頭上に懸かる、遥かな星のさらにその先にあるのではないか。
突堤にフルメアとエノアが様子を見にやってきた。
「まだやってたの? もう真夜中よ」
呆れ声のフルメアと、その隣で、興味深そうに器具を覗き込むエノア。
ラーメルトは星から目を引き剥がし、二人を振り返って笑った。
「すみません。……あまりに、面白くて」
潮風に打たれたその横顔から、齢も王命もいっとき抜け落ちていた。少年が一人、そこにいた。
旅は始まったばかり。だが、ラーメルトはもう確かに掴んでいた。この旅の果てに待つものが、単なる「長さの基準」などではない、もっと途方もない何かだという予感が。
北の星が、四人の頭上で瞬きひとつこぼした。




