出立
王命は公示された。
「長さと重さの基準を定め、正確な地図を作る。ラーメルト導師にこれを命じ、各地の領主は、その事業に協力すべし」
この一文が各領地へ早馬で届けられていく。ラーメルトが訪ねる先々で、領主たちは彼を迎え、便宜を図らねばならない。――少なくとも、建前の上では。
「思ったより大ごとになってきましたね」
旅装を整えながら、ラーメルトはぼやいた。魔結晶ひとつ持って現れた押し売りの娘に付き合っていたはずが、いつの間にか国家の事業を背負って旅に出ることになっている。人生とはわからないものだ。
「大ごとで、けっこうじゃない」
フルメアは鼻歌まじりに革の肩掛け鞄へ旅の道具を詰めている。その手つきが軽く弾んでいた。
荷造りのついでに、動作を確かめているらしい。その鞄の口から淡く光る魔結晶がちらりと覗いた。
「私、ずっと村の中でしか生きてこなかったもの。国じゅうを見て回れるなんて、わくわくするわ」
その無邪気さがラーメルトには少しだけ眩しかった。彼女の故郷は、灰になった。両親は村ごとどこかへ移った。それでも、彼女は前を向いて笑う。
――強い人だ。
自分よりも、ずっと。
「まずは、どこへ行くの?」
フルメアが訊く。ラーメルトは地図を広げた。この国の、不正確な、古い地図を。
「ハンザールです」
「ハンザール……隣の国の?」
「ええ。まずは、海の民に会いに行きます。彼らは、私たちとは、まったく違うやり方で、遠くを測っているそうなのですよ」
陸の男は歩いて測る。海の男は星を使って遠くを測る。学院の書庫で読んだたった一行のその記述がラーメルトの頭から離れなかった。具体的に何を、どう測るのかはまだわからない。だからこそ、海の民から直接確かめる必要があった。
「それに」
ラーメルトは少しだけ声を落とした。
「ハンザールには、エノアの家があります。……彼女がどうしているか。少し気になりますしね」
あの旅で、命を落としかけた娘。冒険者を続けるか考える時間が欲しいと言って、レオンハイトに送られ、故郷へ帰った。あれから、ひと月あまり。
ふたりは、荷を馬に振り分け、王都の門を出た。
ハンザールへの道は、人馬の往来で踏み固められ、ノルデン街道とは比べ物にならないほど歩きやすい。
街道の先には、旅の最初の目的地へ続く白い線が、遠く細く伸びている。
その一歩目を、ラーメルトはいつもの歩幅で踏み出した。
――さて。世界は、どれくらいの大きさなのか。
その答えへの道のりも、まずは、この一歩から始まるのだった。




