百五十年の壁
基準を作るには、まず、今あるものを知らねばならない。
ラーメルトは翌日、魔術学院の書庫に籠もった。歴代の王が定めた「アール」の記録。過去、度量衡を統一しようと試みた者がいなかったか。あるいは、長さそのものについて、深く考えた学者の書物はないか。
結論から言えば――収穫はほとんどなかった。
いや、正確には、ひとつの奇妙な事実に行き当たった。
「……どういうこと、これ」
付き合いで書庫まで来ていたフルメアがラーメルトの手元を覗き込む。ラーメルトは書架の一角を指した。
「この書庫の蔵書は、国じゅうから集められた貴重なものばかりです。魔法大戦前の写本もある。……ですが」
ラーメルトは年代順に整理された棚を端から辿っていった。古い、古い、と遡っていき――ある一点でぷつりと、途切れる。
「ここより古い書物が一冊もないのです」
「そんなことある? 大戦前の写本があるなら、もっと古いのも――」
「あるはずなのです。ですが、ない。魔法大戦がおよそ百年前。この途切れは……ざっと数えて百五十年ほど前でしょうか。それより古い書物だけがまるで抜き取られたように、ないのです」
大戦の混乱で焼けたのなら、大戦前後の書物がまばらに残るはずだ。だが、これは違う。ある年代を境に綺麗に断ち切られている。まるで――誰かが意図してそこまでを消し去ったかのように。
「焼けたんじゃ、ないの?」
「焼失しただけなら、失われ方はもっと不揃いになるはずです。年代をまたいで残る書物もあれば、後の時代の書物まで失われることもある。……ですが、ここでは、ある年代を境に綺麗に途切れている。焼失だけでは説明しにくいのですよ」
ラーメルトはその空白を指でなぞった。
――焼けたのではないのかもしれない。最初から作られなかったのか。あるいは、なかったことにされたのか。
うなじのあたりがすっと冷えた。何ひとつ残さぬこの静けさがひどくうそ寒い。背筋を、冷たいものがそっと撫でていった気がした。
もし、誰かが意図して消したのなら。誰が、何のために、百五十年より前の記録を消したのか。
わからない。今の自分には、可能性のひとつとして問いを立てることしかできない。
「まあ、でも」
フルメアが努めて明るく言った。
「昔の記録がないなら、これから作ればいいのよね。あなたが作る新しい基準も、新しい地図も、百五十年後、二百年後の人がこれを頼りにするんだから」
ラーメルトははっとしてフルメアを見た。
消された過去は、取り戻せない。だが――これから記すものは、消させはしない。誰もが同じ手順で確かめられる、揺るがぬ記録として残せば、それは百年の空白にも、負けはしない。
「……そうですね。あなたの言うとおりです」
空白の棚に背を向け、ラーメルトは立ち上がった。
「作りましょう。過去に消された分まで、後の世に残るものを」
書庫を出るとき、ラーメルトはもう一度だけ、あの空白を振り返った。
――この空白の理由を、いつか、知る日が来るのだろうか。
そのときの自分はまだ想像もつかなかった。




