↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/120

百五十年の壁

 基準を作るには、まず、今あるものを知らねばならない。

 ラーメルトは翌日、魔術学院の書庫に籠もった。歴代の王が定めた「アール」の記録。過去、度量衡を統一しようと試みた者がいなかったか。あるいは、長さそのものについて、深く考えた学者の書物はないか。

 結論から言えば――収穫はほとんどなかった。

 いや、正確には、ひとつの奇妙な事実に行き当たった。


「……どういうこと、これ」


 付き合いで書庫まで来ていたフルメアがラーメルトの手元を覗き込む。ラーメルトは書架の一角を指した。


「この書庫の蔵書は、国じゅうから集められた貴重なものばかりです。魔法大戦前の写本もある。……ですが」


 ラーメルトは年代順に整理された棚を端から辿っていった。古い、古い、と遡っていき――ある一点でぷつりと、途切れる。


「ここより古い書物が一冊もないのです」


「そんなことある? 大戦前の写本があるなら、もっと古いのも――」


「あるはずなのです。ですが、ない。魔法大戦がおよそ百年前。この途切れは……ざっと数えて百五十年ほど前でしょうか。それより古い書物だけがまるで抜き取られたように、ないのです」


 大戦の混乱で焼けたのなら、大戦前後の書物がまばらに残るはずだ。だが、これは違う。ある年代を境に綺麗に断ち切られている。まるで――誰かが意図してそこまでを消し去ったかのように。


「焼けたんじゃ、ないの?」


「焼失しただけなら、失われ方はもっと不揃いになるはずです。年代をまたいで残る書物もあれば、後の時代の書物まで失われることもある。……ですが、ここでは、ある年代を境に綺麗に途切れている。焼失だけでは説明しにくいのですよ」


 ラーメルトはその空白を指でなぞった。

 ――焼けたのではないのかもしれない。最初から作られなかったのか。あるいは、なかったことにされたのか。

 うなじのあたりがすっと冷えた。何ひとつ残さぬこの静けさがひどくうそ寒い。背筋を、冷たいものがそっと撫でていった気がした。

 もし、誰かが意図して消したのなら。誰が、何のために、百五十年より前の記録を消したのか。

 わからない。今の自分には、可能性のひとつとして問いを立てることしかできない。


「まあ、でも」


 フルメアが努めて明るく言った。


「昔の記録がないなら、これから作ればいいのよね。あなたが作る新しい基準も、新しい地図も、百五十年後、二百年後の人がこれを頼りにするんだから」


 ラーメルトははっとしてフルメアを見た。

 消された過去は、取り戻せない。だが――これから記すものは、消させはしない。誰もが同じ手順で確かめられる、揺るがぬ記録として残せば、それは百年の空白にも、負けはしない。


「……そうですね。あなたの言うとおりです」


 空白の棚に背を向け、ラーメルトは立ち上がった。


「作りましょう。過去に消された分まで、後の世に残るものを」


 書庫を出るとき、ラーメルトはもう一度だけ、あの空白を振り返った。

 ――この空白の理由を、いつか、知る日が来るのだろうか。

 そのときの自分はまだ想像もつかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。