ふたつの家系
中心街へ歩を進めると、また、前方に人影があった。今度こそ、と身構える。
「お兄さん、ちょっと良い品があるんだけど。どう? いらない?」
その声を聞いた途端、身構えていた肩から、すっと力が抜けた。
「商品によりますね」
フルメアだった。後ろ手を組んで近寄り、ラーメルトの横に並ぶ。
「なんとなく……ここを通るかなーって思って、待ってた」
上目遣いで、食事に誘ってくる。ラーメルトも小腹が空いていたし、確かめたいこともあった。ふたりは、最初に出会った、あの酒場へ向かった。
◇
「え!? ヴォルトローネがいたの!?」
席につくなり、フルメアが身を乗り出した。慌てて口を押さえるが、賑やかな酒場では、誰も気に留めない。
「はい。それで、純魔結晶を私に渡そうとしました。……私に、興味がある、と」
「なるほどね。うーん」
フルメアは肉を頬張り、思案する。それから、村で調べてきたことを話し始めた。
「残念だけど、ヴォルトローネに関する記載は、村にもなかったわ。……でも、記載がない理由は、わかったの。祖父が、教えてくれた」
ジョッキを置き、胸の前で手を組む。
「魔結晶を作っていたのは、カーデルクス家だけじゃない。ヴォルトローネ家も、その付与魔術師の一家のひとつだったのよ」
「――家名、でしたか」
ラーメルトの予想どおりであった。ならば、純魔結晶の作り方を知っていて、おかしくない。
「ヴォルトローネ家はね、魔法大戦が始まる前に、付与魔術師の資格を剥奪されて、追放されていたそうよ。……純魔結晶の作り方が、邪道すぎたから、って」
人命を使う。それが露見すれば、追放もやむを得まい。もっとも――当時の魔術師たちは、平気で人命を軽んじていた。魔術師でない者の扱いは、家畜以下と言われるほどだったという。その時代に、なお「邪道」と断じられ、大戦の前に追われた家。
その末裔が、いま、あの歌をうたっている。
「復讐のため、なのかしらね。…………それか、彼女が、最後の伝承者だから、家名を名乗っているのか」
言い終えたフルメアの目が、ふと、手元の一点に落ちた。ラーメルトは、どうしても訊きたかったことを、口にする。
「一応の、確認なのですが。……カーデルクス家も、純魔結晶を作っていた過去が、あると思うのです。それは――人命を、使った術式だったのですか」
フルメアの体が、一瞬、震えた。そして、テーブルに手を叩きつけ、身を乗り出す。
「断じて、違うわ!!」
一瞬、店内の視線が集まる。フルメアは、ゆっくりと席に座り直し、組んだ手に額をつけ、うつむいた。
「……本当は、どう作っていたのか、私は知らないのだけど……」
さっきまで卓を叩いた手が、力なく組まれたまま、動かない。
魔法大戦以降、カーデルクス家は純魔結晶の精製を、していない。その理由が、大戦の原因になったからなのか、人命を使っていたことへの戒めなのか――フルメア自身にも、わからないのだ。
ラーメルトは、鞄から、彼女にもらった魔結晶を取り出した。淡く澄んだ、フルメアの瞳と同じ色。ヴォルトローネの紅とは、まるで違う。
「わかっています。この魔結晶からは、人命を使って作られたものとは、感じられません」
付与の術式は、家系によって、微妙に違うのだろう。同じ純魔結晶の術式から、要らぬ要素を削り、要る要素を継ぎ足して、まったく別の性格の結晶を作り上げる。それは、既にある術式を作り替えるという、途方もない仕事だ。血を使う根幹の部分を組み替えるなど、新しい術式を一から編むに等しい。百年やそこらで、成し遂げられるものではない。だが――カーデルクスは、それを、成した。血を使わぬための、安全のための、公開術式の錠前まで添えて。
だから。この澄んだ色は、告発する側の家の色だ。禁忌を作った家ではなく、禁忌に抗った家の。
「術式は、家系によって違う。でなければ、付与魔術師が、いくつもの家に分かれている理由が、説明できませんから」
フルメアが、顔を上げた。その瞳に、涙が、少し溜まっていた。
「ありが……とう」
ラーメルトは、魔結晶と、フルメアの瞳を、交互に見た。もしや、魔結晶の色は、付与魔術師の家系の、瞳の色と関係があるのか――などと、埒もないことを考えながら。
じっと見つめられて、照れたフルメアが、ラーメルトのジョッキを取り、一気にあおった。
エールの、入っていたジョッキを。
――あ。
ラーメルトが額に手を当てた頃には、フルメアの顔は、みるみる紅潮していったのだった。




