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世界は見たままの姿をしているか?  作者: 古代羊
第一章 魔術師失踪事件
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ふたつの匂い

 翌々日。ラーメルトは、王城からの使いに呼ばれた。父の「近いうち」は、思いのほか早かった。

 馬車に揺られ、腰を痛めながら王城へ。父の部屋へ通されると――そこには、グレインと、もうひとり。


 ――王。


 喉の奥が、ひとりでに強張る。棒立ちになったラーメルトへ、王が気さくに手を振った。


「畏まらずともよい。此度は、大儀であった」


「グレインより報告を聞いた。邪教の者が儀式を行い、学院を追われた男が、それに加担していたそうだな」


「はい。ヴァルーカを、情報を得る前に死なせてしまいました。申し訳ございません」


「ヴァルーカとやらは気にせずともよい。ヴォルトローネであったか。何やら企んでおるようだが、しばらくは目立った動きもできまい」


 王は出口へ歩き、扉の前で振り返った。


「ラーメルト。明日の式典に、お主にも出てほしい。いや――出てもらわねばならんのだ」


 え? 意味がわからぬまま、ラーメルトは頭を下げるしかなかった。頼んだぞ、と言い残し、王は去っていった。

 残されたグレインに問うても、「明日になればわかる」と、白髭を撫でるばかり。だが、その目尻には、隠しきれない笑い皺が寄っていた。


◇


 王城からの帰りは、いつものように、馬車がなかった。歩くしかない。中心街へ向けて歩いていると――

 袖を、引かれた。


「ねえ。あなた、ふたつの匂いがする」


 振り返ると、深いフードの下から、紅い瞳が覗き込んでいた。近い。人と人との間合いというものを、まるで知らない近さだった。フードの隙間から、さらりとした銀の髪が覗く。


「――あなたは」


 ラーメルトは、すかさず距離を取った。あの、祭壇の女だ。


「なぜ、ここに。……そもそも、なぜ、平然と」


「空の匂いと、下の匂い。どうして? ねえ、どうして?」


 女は問いに答えず、子どもが珍しい石を見つけたような目で、ラーメルトを見上げていた。値踏みでも、誘惑でもない。ただ、無邪気な、そして底の見えない好奇心であった。

 女は、ラーメルトの手を取ると、その掌に、小さな紅い結晶を載せた。純魔結晶(ブランク)である。


「あげる。あなたは、いつかかならず、これが要るひとよ」


「……なぜ、そう思うのです」


「歌が、そう言っているもの」


 女は当然のことのように答えた。――歌?


「あなたの目的が何かは知りませんが、私は受け取りません。人の命を使った、そんなものは」


 ラーメルトは結晶を、女の手へ押し返した。突き返されるとは思っていなかったのか、女は少し不思議そうに、それを見た。


「兵を呼ぶ、とは考えないのですか」


「呼んでも、あなたの言うことを信じる人は、いないでしょう? わたしの顔を知っているのは、あなただけだもの」


 女は、うたうように言った。それが脅しなのか、ただの事実の確認なのか、判じかねる。感情の、抜け落ちた声であった。


「まあ、いいわ。今日は、あなたに会いたかっただけだから」


 女は、ふ、と身を翻す。フードの奥から、最後にもう一度、紅い瞳が覗いた。


「あなたは、いつかかならず、これが要るひとよ。……そのとき、また会いましょう」


 そう言い残して、女は人混みに紛れ、消えた。

 ラーメルトは、その場でしばらく、動けなかった。

 ――王都に、来ていた。私の報告は、甘すぎた。

 だが、あの女は、何かを起こす気配ではなかった。自ら手を下す人間にも、人の心の隙につけ込む人間にも、見えない。ただ、誰かに与えられた言葉を、なぞって生きているような。

 わからない。何が、目的なのだ。ラーメルトは、その後ろ姿の消えた方を、長く見つめていた。


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