食い違う記録
家に帰り着いたラーメルトは、鞄を放り、寝台へ倒れ込んだ。
――ヴォルトローネ。
書庫にも、国中の資料にもないはずのその名を、父だけが「聞いたことがある」と言った。あれは、どこで。
考えても、答えは出ない。問いの輪郭が、じわりと滲んでいく。まぶたの重みに抗えず、ラーメルトはそのまま眠りに落ちた。
◇
翌日、ラーメルトは魔術学院の書庫へ向かった。式典の準備で、国の施設は一部が立ち入り禁止になっていたが、宮廷魔術師の令息であり、此度の一件を父より直々に命じられた者だと告げると、書庫の使用は許された。
調べたいのは三つ。純魔結晶、ヴォルトローネ、そして――カーデルクス。
魔結晶に関する資料は、思いのほか少なかった。大半が、大戦後に冒険者が持ち帰った際の報告である。その中に、純魔結晶の記述もあった。ただし、色は――紅ではなく、薄く碧みがかったもの、とある。
ヴォルトローネの、あの血のような紅とは、違う。
やはり、あの女の作り方は、記録に残る純魔結晶とは、別物なのだ。ラーメルトは、そう判断せざるを得なかった。
次に、カーデルクス家。
建国記に、その名はあった。魔法大戦の戦犯として処刑された家系、と。だが同じ頁の、少し先。付与魔術師の家系が、大戦の混乱の中で群衆に虐殺された、という記述も見つかる。
――処刑と、虐殺。
同じ家のことを語っているはずなのに、言葉が、ふたつある。国が裁いた「処刑」と、群衆が手を下した「虐殺」は、本来、別のものだ。どちらが本当なのか。あるいは――どちらも、半分だけ本当なのか。
ラーメルトは、その食い違いを、記憶の隅に留めた。今は、それ以上を知る術がない。
最後に、ヴォルトローネ。
名前としても、家名としても、どこにも載っていなかった。他国の人間か。あるいは、記録ごと、消された家か。
――父は、どこで、この名を。
問いだけが、また、残った。ラーメルトは書物を閉じ、書庫を後にした。




