それぞれの道
ディートを先頭に、ラーメルトを殿に、ゴブリン除けの首飾りを持つ者を中央に置いて隊列を組み、洞穴を出る。道々、ゴブリンは襲ってこなかった。
久しぶりの陽光が、木々の隙間から降ってくる。ラーメルトは目を細め、しばしその光を仰いだ。洞穴の湿った闇が、ようやく肌から抜けていく。
「ここからの道順は、任せて!」
来る途中、ゴロツキが立ち止まった木の位置を、フルメアは覚えていた。分かれ道のたび、傍らの木を確かめて、迷いなく道を選んでいく。
なるほど。木に、道標が。ラーメルトは得心した。指定の道を外れれば、ゴブリンが襲う――その仕組みが、逆に、帰り道の目印になっているのだ。
森を抜け、休みなくドルフェンへ。村の明かりが消える前に、辿り着いた。
酒場の前で、ディートが足を止め、頭を下げる。
「私は、ここで。……まさか、戻ってこられるとは。ありがとうございます」
握手を交わし、腕を捻ったことを詫びる。ディートは苦笑いで、それを受け入れた。一同に別れを告げ、その背が夜に消えるまで、皆で見送った。
◇
四人部屋を借り、酒場で温かい食事を囲む。
「私の失敗のせいで、皆に、謝っても足りないほどのご迷惑を」
深々と頭を下げるラーメルトに、エノアもフルメアも、首を振る。
「エリヴィラという方がいてくださって、本当に助かりました。いつかお会いすることがあれば、お礼をしなければ」
言いながら、ラーメルトは知らずにいる。その礼を言うべき相手が、この国の神殿長であり、そして――自分の、母であることを。
どんよりとした空気を、レオンハイトが破った。
「と、とりあえず、みんな無事で帰れたし、ご飯食べよー。お腹減って動けないよー」
ぐー、と鳴った腹の音に、皆が笑顔を取り戻す。
◇
食後、酒場の外の縁台で、ラーメルトはひとりエールを傾けていた。父にどう報告するか。それを考えあぐねていたのだ。
「なにか、お困りかな?」
顔を上げると、フルメアが眉を寄せて立っていた。返事も待たずに隣へ腰を下ろし、こてんと頭を預けてくる。
「本当に、ありがとうございました。フルメアがいなければ、私も危なかった」
「んーん。……怖かったし、痛かったし。死ぬかと思ったけど、ラーメルトが、きっと助けに来てくれるって、思ってたし」
小さく震える体が、腕を絡めてくる。ラーメルトは、しばらくそのままにさせた。
「思い出させて申し訳ないのですが……ヴォルトローネ、という名に、聞き覚えはありますか」
あの祭壇の女の名だ。フルメアは記憶を辿り、首を振った。
「ごめんなさい。聞いたことは、ないわ」
やはり、早すぎましたか。ラーメルトは詫びて、その頭を撫でた。心地よさが、指先から広がっていく気がした。
――店じまいの声に、ふたりは我に返った。
◇
翌朝の食卓で、それぞれの行き先が決まった。
ラーメルトは、王都へ報告に。エノアは、一度ハンザールの家に戻り、冒険者を続けるか、考える時間が欲しいという。そしてレオンハイトが、その護衛を買って出た。
「神殿には、私から伝えておきますよ」と、ラーメルトは請け負った。
残るフルメアは、村へ戻るという。襲撃犯は知れずじまいだが、しばらく命を狙う者もいまい。危険な旅に巻き込んでしまった彼女には、村で静かに過ごしてほしい――そういう思いも、あった。
「わかりました。……では、ここでお別れとしましょうか」
短い間だが迷惑をかけたと、ラーメルトは最後にもう一度詫びて、席を立った。あまりの呆気なさに一瞬むっとしたフルメアは、口いっぱいに食事を詰め込み、飲み物で流し込み、荷物を掴んで後を追う。
「またね!」
エノアとレオンハイトに手を振ることは、忘れなかった。
◇
酒場の外で、ラーメルトは馬の支度をしていた。その背に、フルメアが抱きつく。
「忘れないでね……」
「王都に来れば、いつでも会えますよ」
「もうちょっと、寂しがってくれても良いのに」
泣くまいと堪えて、精一杯の笑顔を作る。ラーメルトは頭を掻き、ふいとそっぽを向いた。
身を屈め、フルメアの頬に、そっと唇を重ねる。そのまま、少し乱暴に、頭を撫で回した。離れたその頬は、うっすらと紅い。
馬が、鳴いた。
「そろそろ、出発しないと、ですね」
我に返ったラーメルトが、そそくさと馬に跨る。初めて見せる慌てように、フルメアは思わず笑ってしまった。
「またね! ラーメルト!!」
ラーメルトも、その姿が見えなくなるまで、手を振り続けていた。




