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世界は見たままの姿をしているか?  作者: 古代羊
第一章 魔術師失踪事件
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生贄の秘術

 灼熱の風と、爆音と、衝撃波が、レオンハイトとラーメルトを襲った。部屋へ飛び込む直前、目の前が真っ赤に染まったのだ。あと少し早ければ、レオンハイトが呑まれていた。肌を焼く熱波に、怒りに駆られていたレオンハイトが、我に返る。

 ラーメルトは、その魔法を知っていた。

 破壊魔法火焔球(ファイアボール)。空間魔素を大量に食らい、高火力を吐き出す、大戦前の魔術師の主力。今は禁忌に近く、学院では魔導書の閲覧すら許可制のはずだ。

 視界の先では、火だるまのゴロツキが、もがいていた。

 なぜゴロツキが、は後だ。あれだけの魔法の直後――周辺の魔素は、枯れているに等しい。今しか、ない。

 ラーメルトはレオンハイトに首飾りと短剣を持たせ、短く策を告げ、ふたりで部屋へ躍り込んだ。


 これまでのどの部屋よりも広く、天井の高い空間であった。

 床には、巨大な魔法陣。ところどころに円形の台座が配され、その上に、人が寝かされている。台座から中央へ延びる窪みには、赤黒く乾いた流れの跡。

 ――生贄の、術式。

 聞いたことはある。見るのは、初めてだった。

 台座のひとつに、フルメアの姿を見つけた。腕から、おびただしい出血。だが、胸は微かに上下している。生きている。――余裕は、なさそうだが。

 ラーメルトが指で示し、レオンハイトが頷く。同時に、祭壇の上から詠唱が聞こえた。魔術師と、もうひとり。

 この枯れた魔素で、高度な魔法は撃てまい。だが、魔法は多種多様――前回は、その油断で負けた。詠唱そのものを、潰すが早い。

 ラーメルトは腰の予備の短剣を抜き、投げた。

 まさかの飛刃に、魔術師は辛うじて身を躱し――躱すことに気を取られ、詠唱を、自ら破棄した。忌々しげに、こちらと、黒焦げの骸とを睨みつける。


「ヴァルーカ……なんということを、してくれたのだ」


 静かな声が、魔術師にかけられた。魔術師は、はっと我に返り、跪いて深く頭を垂れた。

 ヴァルーカ。

 その名を聞いて、ラーメルトの中で、ようやく顔と名前が結びついた。比較的優秀な若手として学院にいた男だ。「いた」――その思想と性向を危険と見なされ、追放されたのである。追放までの間に、よほどのものを学んでいたらしい。火焔球(ファイアボール)は、生半可には使えない。


「も、申し訳ございません。ヴォルトローネ様。あの馬鹿が、ヴォルトローネ様の術式を止めたので……その……」


 術式の発動に要る魔素まで、焼き尽くしてしまった――責められているのは、そこであるらしかった。

 ラーメルトは、視界の端のレオンハイトを確かめた。ローブの男ふたりを相手に、苦戦している。

 素早く矢をつがえ、放つ。矢は男の手前の床で跳ね、その一瞬の注意を、レオンハイトは逃さなかった。柄頭が顎を打ち抜き、ひとりが崩れる。返す刃を躱し、剣の腹で顔面を張り、下がった頭を膝で蹴り上げる。ふたり目も、沈んだ。

 男たちの倒れる音に、ヴァルーカが立ち上がり、詠唱を再開する。――その太ももに、ラーメルトの矢が突き立った。


「ぐうううぅ!!」


 膝をつき、唇を噛み、それでも立とうとするヴァルーカ。

 その傍らで、ヴォルトローネと呼ばれた女は、じっと、彼を見ていた。蔑みでも、憐れみでもない。何の感情も読めない、硝子のような目であった。

 やがて女は、踵を返した。


「え? ヴォルトローネ様!?」


 ヴァルーカの顔に、絶望が広がる。

 女は牢の……いや、祭壇の縁で足を止め、ヴァルーカを見た。怒りも、侮蔑も、そこにはなかった。


「――役目を果たせぬ器は、静かに手放しなさい。囚われた場は、居場所ではありません」


 それは、誰かの言葉をなぞる声だった。教本を読み上げる子どものように、抑揚がない。


「もう、要らないわ。あなたも。……ここも」


 最後のひとことだけが、少しだけ幼く響いた。紅い瞳は、ヴァルーカを見ているようで、もっとずっと、遠くを見ていた。

 女は、祭壇の上手の通路へと、姿を消した。

 残されたヴァルーカは、呆然と、その場に膝をついている。


 ラーメルトは、そのやり取りを警戒しつつも、意識の半分をレオンハイトに割いていた。フルメアの出血を思えば、ヴァルーカにも、あの得体の知れぬ女にも、構っている余裕はない。今は――彼女の治癒が、先だ。

 レオンハイトが台座の紐を切り、すぐさま治癒の祈りを唱えようとして――その顔が、曇った。

 この部屋は、火焔球(ファイアボール)で魔素を焼き尽くされている。神聖術は術者の生命力を源とするとはいえ、傷を塞ぐ奇跡には、わずかな空間魔素が要る。今この場では、それが足りない。

 舌打ちひとつ。レオンハイトは切り替えて、自分の服を裂き、フルメアの腕へ固く巻きつけた。まずは血を止め、魔素のある場所まで運ぶ。それしかない。力の抜けきった体を、慣れた手順で肩に担ぎ上げる。倒れた人間を担ぐには、コツが要る。神殿で救護の手ほどきをしてきた男の、面目躍如であった。

 フルメアを担いだレオンハイトが、部屋を駆け出ていく。

 祭壇の上では、ヴァルーカが、まだ放心していた。今のうちに――そう思った矢先。

 何かが壊れたような奇声が、上がった。

 ヴァルーカは太ももの矢をへし折り、力任せに引き抜いた。溢れる血がローブを染めていく。その顔は――笑っていた。感情のない、薄気味の悪い笑いであった。


「ヒヒヒヒ……お前らが……お前が、来たから……」


「なぜ、こんなことを。他の魔術師が消えたのも、あなたの仕業ですか」


 弓を構えたまま問うと、ヴァルーカは血走った目で睨み返してきた。


「あぁ、そうだよぉ! 彼らには純魔結晶(ブランク)に、なってもらったのだよぉ……アヒヒヒ」


 腰の袋を、指し示す。


「純魔結晶(ブランク)? そんなものを作る技術が、残っているとは思えませんね」


「あああるんだなあああ、これがああ」


 見下すような顔。だが、あの詠唱と、この魔法陣。持っているのは、間違いあるまい。

 嫌な予感が、する。


「これが、そのための魔法陣だと言うのですか」


「そうだよぉ! 術式は、ヴォルトローネ様しか知らないのだよぉ……あぁあ……ヴォルトローネ様ぁ」


 その名を口にした途端、ヴァルーカの表情が、ぐずぐずと崩れていった。あまりの変わりように、薄気味悪さすら覚える。予感が、拭えない。


「お前も! 私も! ここで終わりだよぉおぉ!!」


 ヴァルーカが祭壇の陰へ跳び下がり、詠唱を始めた。あの位置では、弓の射線が通らない。ヴァルーカは、光の消えた紅い結晶へ、なおも術を流し込んだ。魔素は枯渇に近い――そこまでの魔法は、撃てぬはず。だが、詠唱を止められぬ以上、取れる手は、ひとつしかなかった。

 ラーメルトは、身を翻して部屋から駆け出した。

 直後。

 背後で大爆発が起こり、その爆風が、ラーメルトの体を宙へ吹き飛ばした。


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