退路
「それって……この森で、襲われたときの?」
フルメアの問いに、エノアは鞄を抱きしめて頷いた。
「はい……間違いありません。リスティードさん……シャルーヴさんの荷物まで、あります……」
「それって、王都で誘ってくれた、ふたり?」
「……とても、優しい方たちでした」
目を閉じ、鞄を抱える腕に、力がこもっていく。フルメアは、かける言葉を見つけられず、居たたまれずに目を逸らした。
その空気を、レオンハイトが破った。
「今は、悲嘆に暮れているわけにはいきません。私たちは、生きています。――彼らに報いることがあるなら、それを、やりましょう。だから、泣くのは、少しだけ後に」
歩み寄り、優しく抱き寄せる。エノアは鞄を落とし、レオンハイトの胸で短く嗚咽を漏らした。
フルメアは、ますます目のやり場を失い――逸らした視線の先の、札に目を留めた。あの二部屋には、なかったもの。何の意味が? 手に取ろうと、足を踏み出した、そのときだった。
ゴブリンが一匹、部屋めがけて突進してきた。
――が、入口の前で、ぴたりと止まった。止まったまま、フルメアへの威嚇だけを続けている。
「……入って、こられない?」
後ずさりで二人と合流する。一匹、また一匹と、入口の前にゴブリンが溜まっていく。
「なぜだかわかりませんが、このままでは、完全に身動きが取れなくなりますねー」
策は、出ない。荷物の山にも、使えるものはない。三人はただ、入口のゴブリンと睨み合う時間を、積み重ねていくしかなかった。
◇
ラーメルトは、荷の山から弓と矢を掘り当てていた。弦は、まだ生きている。矢は十本。
男に問う。
「さきほどゴブリンが向かった先から、誰か来ましたか」
「ゴブリンが行って、すぐ戻ってきました。その後に……二、いや、四。ゴブリンとは違う、四人ぶんくらいの、走る足音が」
走っている。追ったか、追われたか。ラーメルトは短く考えた。
――ゴロツキが捕らえられ、ここを吐かされ、連れてこられた。そして、逃げた。ゴロツキを捕らえ、ここまで連れてくるだけの技量の持ち主がいるなら、だが。それなら、辻褄は合う。
問題は、この後だ。逃げたゴロツキは、どこへ向かう。
「札のかかった部屋は、ここの他に、いくつ?」
「三つです。ひとつは、最奥部へ連れて行かれる人が、最後に入れられる部屋。……人を入れる間際まで、荷物置き場も兼ねているはずです。滅多に使われませんので。あとのふたつは、傭兵の方々の部屋と、私たちの寝起きする部屋です」
傭兵。――ゴロツキの他にも、腕ずくの人間がいるのか。追っている側にとって、良くない話であった。
だが、ゴロツキがまず駆け込む先は、傭兵部屋ではあるまい。あの男と魔術師の間柄からして、真っ先に逃げ込むのは、叱責の待つ場所ではない。隠れて追手をやり過ごし、頃合いを見て魔術師に合流し、少しでも自分の失態を軽く申し開く――そのあたりが、関の山だろう。
ならば、魔術師の側へ先回りすれば、遭遇の目は高い。運が良ければ、背も取れる。
「傭兵部屋と、最奥部の手前とで、道は?」
「途中で、二手に分かれます」
「では、その分岐点まで、案内を」
ラーメルトは弓を握り、矢筒を背に、部屋を出た。




