司祭の魔結晶
隣室の入口から、通路を覗く。ゴブリンが、群れをなして移動していた。
「あちらは、入口の方だと思います」
入口。さきほどのゴロツキの声への、出迎えか。それにしては、数が多すぎる。
ラーメルトは、男へ問いを続けた。
「ここにいる人間は、全員が、あの首飾りを?」
「いえ。連れてこられた人は、持たされません。代わりに、部屋の入口に札のかかった個室へ、入れられます」
逃げられぬよう除けは持たせず、しかし放っておけばゴブリンに食われる。だから、部屋の側に札を。――つまり、連れてこられた者たちは、理由があって「生かされて」いる。生きたまま、最奥部へ運ぶ必要が、あるのだ。
「魔術師と、その司祭様は?」
「わかりません。ですが、おふたりはゴブリンと話せますので、要らないのかも……」
会話ができるからといって、妖魔が従う道理はない。何か、仕掛けがある。
それより――。ラーメルトは、鞄から魔結晶を取り出し、男の眼前へ突きつけた。
「あなたは、これを『司祭様の』と言いましたね。どういうことです」
「一度……これと同じものを、司祭様がお持ちなのを、見ました。手に取ったわけではありませんが……同じものだと、思います」
嘘の気配は、ない。だが、なぜ司祭が、フルメアと同じ結晶を?
冒険者の拾い物との、見間違いか。現物を見ぬことには、判じようがない。この状況で、迂闊な結論は毒だ。ラーメルトはその考えを、一度、頭から棄てた。
結晶を鞄へ戻し、再び武器の山へ向かう。
◇
一方、ゴロツキを先頭に進んでいたフルメアたちは、洞穴の奥から響く多数の足音に、警戒を強めていた。
やはり、あの大声で気づかれた。フルメアは、前を行く背中を忌々しく睨む。
「多分あいつ、何かを呼んでる」
小声で告げると、エノアも剣を握り直した。足音が、近づく。
「きたわ!」
前方に、ゴブリンの群れ。松明に照らしきれぬほどの数である。この狭い通路で、全部は、相手にできない。振り返ると――後方では、既にエリヴィラが、数体を地に沈めていた。
「挟み撃ち?! どこから現れたの!?」
挟撃のゴブリンを片づけ、一息ついたエリヴィラが、ゴロツキを指差した。
「前からは来ない理由が、あるわねー。その男、何か隠してる気がするわー」
言われてみれば、前方のゴブリンは威嚇するばかりで、一定の距離を保ったまま、襲ってこない。
「レオンハイト、その男が何か持ってないか調べて!」
叫んだ瞬間、ゴロツキが駆け出した。走る先のゴブリンたちが、何かに弾かれるように割れていく。三人が後を追う。――が、フルメアの背後から、気配がついてこない。振り返れば、エリヴィラは、ゴブリンの群れに囲まれていた。
「追いかけなさい。後で行くわー」
群れの中から、いつもの声。エリヴィラなら、きっと大丈夫。フルメアは「後で来てね!」と叫び、前の二人を追った。
だが、洞穴は想像以上に入り組んでいた。造りを知り抜いた者に、追いつけるはずもない。レオンハイトとエノアはゴロツキを見失い、遅れて追いついたフルメアは、両膝に手をついて肩で息をした。
「あの方は、大丈夫だと思いますがー……ここに立っていては、いつ襲われるかもわかりませんねー。どこか、安全な場所を」
通路の先、部屋のような入口がいくつか並んでいるのが見えた。
ひとつめは、空。ふたつめは、争った形跡と、乾いた血痕。そして、みっつめ――入口に、札がかかっていた。
レオンハイトは、その札から、異様な禍々しさを感じて顔をしかめた。紋様に、どこか見覚えがある気もする。中は、卓代わりの岩と、椅子代わりの岩。隅に、誰かの荷物が無造作に積まれているほかは、不審な点もない。
三人は部屋に入り、中央の岩を入口へ動かして、簡易の障害物とした。
「これで一気には入られませんが……逃げづらくも、なりましたねー」
この部屋に、他の出口はない。追っていたはずが、追い込まれた形である。
落ち着かず歩き回るフルメア。そのフルメアを目で追っていたエノアが――部屋の隅の荷物の山に、目を留めた。
見覚えのある、鞄。
手に取った指先が、震えた。呆然と、立ち尽くす。声が、うまく出てこない。
「これ……私の、荷物です……」




