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世界は見たままの姿をしているか?  作者: 古代羊
第一章 魔術師失踪事件
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ゴブリン除け

 ゴロツキは、挫かれた腕の痛みに顔を歪めながら、一行を先導していた。ときどき振り返り、エリヴィラの様子を窺う。その顔には、恐怖しか映っていない。


「あとどれくらいで、着くのかしらー?」


「も、もう少しでさぁ」


 さっきまでの威勢はどこへやら、である。と、隣を歩くエノアが、ふと言った。


「これだけ歩いているのに、ゴブリンが来ないのは、なぜなのでしょうか」


 確かに。エノアの隊は、この森で不意を突かれて壊滅したのだ。なのに今は、気配の欠片すらない。


「わざと遠回りしてる、とか、そういうことはしてないのよねー?」


 エリヴィラが、ゴロツキから外した鞘の剣を、背後でわずかに抜く音を聞かせた。ゴロツキが、大きく震える。


「と、遠回りは、してるでさぁ。けど、こっちはゴブリンが出ねぇんで。み、道はこっちの方が――」


 言い終える前に、剣の腹が横顔に、ぴたりと当てられた。


「――ま、魔術師のヤローと司祭が言ってたんだ。指定した道以外を、通るなって」


「エノアたちは、この道を使っていなかったのね?」


 エノアが、首を縦に振った。

 指定の道を外れれば、ゴブリンが襲う。だから、何度も分かれ道で迂回してきたのか。しかし、これだけ入り組んでいては、仲間ですら道を誤りそうなものだ。


「――何か、目印があるのね」


 フルメアは注意深くあたりを観察した。現にゴロツキは、分かれ道のたびに、何かを確かめていた。木の裏の彫り込みか、枝の向きか。次の分かれ道で見てみよう。そう思った、そのとき。


「つ、着きやしたぜ」


 目の前に、洞穴の入口があった。高さは、大柄なゴロツキの背丈の三倍はある。奥には、松明の明かりが点々と見えた。

 穴の中からは、鼻を突く異臭に混じって、禍々しい気配が漂ってくる。心なしか――空間魔素も、濃い。


「この中に、ラーメルトがいるのねー? あなたの言う、生きていれば……だっけ?」


 エリヴィラは、預かっていたゴロツキの剣を、傍らの岩へ無造作に振り下ろした。

 キンッ――甲高い音とともに、剣は、岩に突き刺さっていた。

 え? 砂山に枝を差すように、岩へ、剣が?

 エリヴィラとレオンハイト以外の全員が、固まった。とりわけ、ゴロツキが。何の変哲もない、ただの剣。その安物を、誰よりもよく知る男の喉が、ひゅっと鳴った。


「中は狭くなってるわよねー? だったら、こんな長い剣は要らないわー」


 両の掌をひらひらさせ、エリヴィラは自分の腰のあたりへ手をやった。そこに武器があるのか、マントが邪魔でよくわからない。


「ここからも、案内は頼めるわよねー?」


 気圧されたゴロツキは、渋々、洞穴へ足を踏み入れた。

 隊列は、ゴロツキ、レオンハイト、エノア、フルメア、殿にエリヴィラ。レオンハイトは背嚢から、片手持ちの小さな円盾を取り出して構えた。

 壁の松明の下を通るたび、影が前後する。歩を進めるごとに、不快な感覚が濃くなる。喉の奥が、ひとりでに渇いていく。フルメアは、浅くなる呼吸を、意識して整えた。


◇


 ラーメルトは男の案内で、少し広めの部屋に入った。攫われた者が最初に運ばれる部屋だという。入口と出口には、男の首飾りと同じ紋様の札がかかっていた。


「あちらに、荷物を放り込むことが多いのです。……ここでは、生活というものは、ごく一部の人を除いて、ありえません」


 男の声が、萎んでいく。震える体から、絞り出すような声が続いた。


「……全員、帰ってこないのです。最奥部の間に、連れて行かれると」


 最奥部。何かが、ある。だが男も、その扉の手前までしか、行ったことがないという。


「先を急ぎましょう。隣の部屋へ」


 男が動きかけた、そのとき。遠くから、微かに、人の声が反響してきた。


『中に……入りやす……ぜ』


 ――ゴロツキの声だ。出ていったばかりのはず。早すぎる。ということは、フルメアを狙った連中も、戻ったのか?

 ラーメルトは唇を噛み、男の背を押して隣室へなだれ込んだ。

 荷物の散乱する部屋であった。古いものから、新しいものまで。その中に――見慣れた鞄。自分の鞄であった。中身も、失われていない。胸を撫で下ろす。だが、肝心の刀は、山のどこにも見当たらなかった。

 やむなく、転がる武器から状態のよいものを漁る。短剣が二本、投擲用の刃が三本。ないよりは、幾分ましか。

 さらに山を探るうち、腰の短剣が引っかかり、鞄の蓋が開いた。中から、フルメアの魔結晶が、地面へ転がり落ちる。

 それを見た男の顔色が、明らかに変わった。


「そ、それは……司祭様の……!?」


 ――司祭様の?

 問い詰めようとした、そのとき。入ってきた側の部屋から、ゴブリンたちの駆けていく足音が、聞こえてきたのだった。


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