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世界は見たままの姿をしているか?  作者: 古代羊
第一章 魔術師失踪事件
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薄暗い洞穴の中で

「一度だけ……聞くわね?」


 エリヴィラの剣先が、首筋をなぞるように動く。ゴロツキの表情から、血の気が失せていく。


「あなたが居たところまで、連れて行ってくれるかしら?」


 余計なことを言えば、その場で終わる。ゴロツキは、必死に首を縦に振った。

 エリヴィラは剣を降ろし、振り返った。その顔には、もう微笑みが戻っていた。


「ほらね? 心を開くと、伝わるものなのよー」


 フルメアとエノアは、顔を見合わせ、どちらからともなく、苦笑した。張り詰めていたものが、ふっと緩む。


◇


「さて……と」


 洞穴の牢で、ラーメルトはゴブリンの様子を窺い続けていた。

 五匹を一度に相手取るのは、さすがに厳しい。一匹ずつなら問題はないが、同時に来られれば、どうしても傷を負う。小柄とはいえ、死にもの狂いの相手を仕留めるのは、容易な業ではない。

 ゴブリンたちの武器は――錆と刃こぼれだらけの短剣。振るううちに折れかねない。命を預けるには、心許ない。


「本当に……困りましたね」


 声が届いたのか、一匹がこちらを威嚇し、つられて残りも牙を剥いた。下手に動けば、来る。

 そのとき、通路の方から、人の声が聞こえた。魔術師でも、ゴロツキでもない声だ。――他にも、人間がいる。

 ラーメルトは縄の結び目を隠すように寝転がり、急に苦しむ素振りを見せた。ゴブリンたちが何ごとかを言い交わし、やがて一匹が、誰かを呼びに部屋を出ていく。

 しばらくして、ゴブリンに連れられて、男がひとり現れた。魔術師ではない。最悪の形は避けられた。腰に武器がないのは、あてが外れたが。

 男が屈み込み、ラーメルトを検めようとした、その瞬間。

 ラーメルトは跳ね起き、男の腕を取って捻り上げた。


「ぐっ……」


 男を盾に、ゴブリンへ向き合う。――ゴブリンは、男には襲いかからなかった。

 男を盾にしたまま、じわじわと出口の方へ。ゴブリンは、いつでも飛びかかれる構えのまま、後退していく。


「一度、ゴブリンを下がらせてくれませんか」


 言いながら、腕をもうひと捻り。


「で、できない……私は、ゴブリンたちの言葉は、わからない……」


 男は苦痛に顔を歪めながら否定した。命じている側では、ないらしい。


「では、私の荷物は、どこに」


 男は首を横に振る。本当に知らぬようだ。力を、少しだけ緩める。


「では――なぜあなたは、ゴブリンに襲われないのです?」


 再び、捻り上げる。緩急をつけた痛みに、男の目から涙がこぼれた。


「く、首飾りです。司祭様に、いただきました。これを身に着けていれば、襲われないと」


 司祭? あの魔術師のことか、それとも別人か。ラーメルトは考えを、いったん脇に置いた。

 男の首飾りを引きちぎり、検める。禍々しい気配が、じわりと掌に伝わる。長く持っていたくない――そう思わせる代物であった。

 首飾りを失った男は、「助けてください」と連呼し始めた。このまま置いていけば、ゴブリンの餌である。見殺しにしても支障はないが――この男からは、まだ聞けることがある。

 ラーメルトは男の腕を離し、一歩前へ出た。男に殺到しかけたゴブリンが、弾かれたように下がる。


「なるほど。一定の範囲には、入れないのですか」


 もう一歩出る。一歩、下がる。

 ラーメルトは男の腕に、自分を縛っていた縄を結わえた。


「死にたくなければ、知っていることを話してください。そうすれば、助かるかもしれません。――最終的には、王都の牢には入っていただきますが」


 男を先に歩かせ、問いを重ねていく。


「ここは、何をしている場所ですか。あなたたちは何者で、司祭とは、誰なのです」


 男は観念したのか、命惜しさからか、ぽつぽつと話し始めた。


「ここは……魔結晶を、作っています。司祭様の名前は知りません。ですが、ここに連れてこられたとき、この首飾りを持たされました」


「魔結晶?! それを、ここで――」


 ラーメルトは声を呑み込んだ。失われたはずの、フルメアの村の技術。まさか、彼女の家の技術が関わっているのか。否定する材料は、多くなかった。

 男は、何かを思い出したのか、小さく身を震わせた。


「……紅い結晶を、盗み出した傭兵がいました。その人は面白がって結晶の魔法を使っていましたが……ある日突然、火だるまになって死にました。誰も、火などつけていないのに、です。司祭様は死体を見下ろして、こう仰いました。――空になった器に、術は還る、と」


 空になった器に、術は還る。

 ラーメルトはその言葉を、記憶の隅に留めた。意味はわからない。だが、ただの脅し文句とも、思えなかった。


「あなたの他に、人間は? いつ、ここへ? 他に連れてこられた人は?」


「私の他にも、人間はいます。ですが、話すことは禁じられています。話せば殺す、と。……最近では、ふたりほど、運ばれてきたのを覚えています」


 ふたり。フルメアの村の者か、それとも街道の旅人か。確かめる術は、ない。


「ひとまず――武器の置き場所を、ご存知ありませんか。さすがに、丸腰では困るので」


 男は頷いた。連れてこられた人間が、最初に運ばれる場所へ。細い洞穴の道を、ふたりは進んでいった。


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