薄暗い洞穴の中で
「一度だけ……聞くわね?」
エリヴィラの剣先が、首筋をなぞるように動く。ゴロツキの表情から、血の気が失せていく。
「あなたが居たところまで、連れて行ってくれるかしら?」
余計なことを言えば、その場で終わる。ゴロツキは、必死に首を縦に振った。
エリヴィラは剣を降ろし、振り返った。その顔には、もう微笑みが戻っていた。
「ほらね? 心を開くと、伝わるものなのよー」
フルメアとエノアは、顔を見合わせ、どちらからともなく、苦笑した。張り詰めていたものが、ふっと緩む。
◇
「さて……と」
洞穴の牢で、ラーメルトはゴブリンの様子を窺い続けていた。
五匹を一度に相手取るのは、さすがに厳しい。一匹ずつなら問題はないが、同時に来られれば、どうしても傷を負う。小柄とはいえ、死にもの狂いの相手を仕留めるのは、容易な業ではない。
ゴブリンたちの武器は――錆と刃こぼれだらけの短剣。振るううちに折れかねない。命を預けるには、心許ない。
「本当に……困りましたね」
声が届いたのか、一匹がこちらを威嚇し、つられて残りも牙を剥いた。下手に動けば、来る。
そのとき、通路の方から、人の声が聞こえた。魔術師でも、ゴロツキでもない声だ。――他にも、人間がいる。
ラーメルトは縄の結び目を隠すように寝転がり、急に苦しむ素振りを見せた。ゴブリンたちが何ごとかを言い交わし、やがて一匹が、誰かを呼びに部屋を出ていく。
しばらくして、ゴブリンに連れられて、男がひとり現れた。魔術師ではない。最悪の形は避けられた。腰に武器がないのは、あてが外れたが。
男が屈み込み、ラーメルトを検めようとした、その瞬間。
ラーメルトは跳ね起き、男の腕を取って捻り上げた。
「ぐっ……」
男を盾に、ゴブリンへ向き合う。――ゴブリンは、男には襲いかからなかった。
男を盾にしたまま、じわじわと出口の方へ。ゴブリンは、いつでも飛びかかれる構えのまま、後退していく。
「一度、ゴブリンを下がらせてくれませんか」
言いながら、腕をもうひと捻り。
「で、できない……私は、ゴブリンたちの言葉は、わからない……」
男は苦痛に顔を歪めながら否定した。命じている側では、ないらしい。
「では、私の荷物は、どこに」
男は首を横に振る。本当に知らぬようだ。力を、少しだけ緩める。
「では――なぜあなたは、ゴブリンに襲われないのです?」
再び、捻り上げる。緩急をつけた痛みに、男の目から涙がこぼれた。
「く、首飾りです。司祭様に、いただきました。これを身に着けていれば、襲われないと」
司祭? あの魔術師のことか、それとも別人か。ラーメルトは考えを、いったん脇に置いた。
男の首飾りを引きちぎり、検める。禍々しい気配が、じわりと掌に伝わる。長く持っていたくない――そう思わせる代物であった。
首飾りを失った男は、「助けてください」と連呼し始めた。このまま置いていけば、ゴブリンの餌である。見殺しにしても支障はないが――この男からは、まだ聞けることがある。
ラーメルトは男の腕を離し、一歩前へ出た。男に殺到しかけたゴブリンが、弾かれたように下がる。
「なるほど。一定の範囲には、入れないのですか」
もう一歩出る。一歩、下がる。
ラーメルトは男の腕に、自分を縛っていた縄を結わえた。
「死にたくなければ、知っていることを話してください。そうすれば、助かるかもしれません。――最終的には、王都の牢には入っていただきますが」
男を先に歩かせ、問いを重ねていく。
「ここは、何をしている場所ですか。あなたたちは何者で、司祭とは、誰なのです」
男は観念したのか、命惜しさからか、ぽつぽつと話し始めた。
「ここは……魔結晶を、作っています。司祭様の名前は知りません。ですが、ここに連れてこられたとき、この首飾りを持たされました」
「魔結晶?! それを、ここで――」
ラーメルトは声を呑み込んだ。失われたはずの、フルメアの村の技術。まさか、彼女の家の技術が関わっているのか。否定する材料は、多くなかった。
男は、何かを思い出したのか、小さく身を震わせた。
「……紅い結晶を、盗み出した傭兵がいました。その人は面白がって結晶の魔法を使っていましたが……ある日突然、火だるまになって死にました。誰も、火などつけていないのに、です。司祭様は死体を見下ろして、こう仰いました。――空になった器に、術は還る、と」
空になった器に、術は還る。
ラーメルトはその言葉を、記憶の隅に留めた。意味はわからない。だが、ただの脅し文句とも、思えなかった。
「あなたの他に、人間は? いつ、ここへ? 他に連れてこられた人は?」
「私の他にも、人間はいます。ですが、話すことは禁じられています。話せば殺す、と。……最近では、ふたりほど、運ばれてきたのを覚えています」
ふたり。フルメアの村の者か、それとも街道の旅人か。確かめる術は、ない。
「ひとまず――武器の置き場所を、ご存知ありませんか。さすがに、丸腰では困るので」
男は頷いた。連れてこられた人間が、最初に運ばれる場所へ。細い洞穴の道を、ふたりは進んでいった。




