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世界は見たままの姿をしているか?  作者: 古代羊
第一章 魔術師失踪事件
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痕跡

 フルメアは、レオンハイトとエリヴィラのやり取りを、不思議そうに見ていた。


「ふたりって、知り合いなの?」


「ふふ。どうなのかしらねー? 気になるのー?」


 エリヴィラは意地悪な顔で受け流し、レオンハイトはと言えば、何ごともなかったようにエノアの荷を下ろしている。

 んんー? 思うところは大いにあるが、今はそれどころではない。フルメアは頭を切り替えた。


「話を戻すけど――グランツェの近くには居ないって、どうしてわかるの?」


 普通に考えれば、近い方に置くはずだ。ラーメルトの体格を思えば、運ぶだけでも大仕事である。わざわざ遠いドルフェンの森が本命だなんて。


「勘よ、勘」


「勘?!」


「勘って言うのはね、経験から来るものなのよ。当てずっぽうとは、違うわ」


 エリヴィラは人差し指を立てて、続けた。


「一緒にいたフルメアちゃんを、殺しにまで来た連中よ? その追手が帰ってこなかったら――捕まって、場所を吐かされたかも、と考えるものよー?」


「……髭面が、嘘を言ってることは? どうせ捕まったのだからと、せめてもの嘘をつくことだって」


「そのへんは大丈夫よ。しっかり、心を開いてくれたからね」


 何を根拠にその笑顔ができるのか。フルメアは苦笑するしかなかった。


「でも――ラーメルト、だっけ? その人を生かしていれば、の話だけど」


 エリヴィラの顔から、ふっと笑みが消えた。フルメアの体が、震える。

 と、その頭に、手が置かれた。

 思いのほか、大きな手であった。


「多分、大丈夫よ。多分。これは、あてずっぽうなのだけどー」


 さらりと適当なことを言う。言うのだが――不思議と、嘘の匂いがしなかった。


「なんで殺さずに連れて行ったのかも、だいたい予想はつくしー。……でも、急いだ方がいいかもねー。遅れた分だけ、命の目減りは早くなるわ」


◇


 出発の支度の傍ら、フルメアは、エノアの顔色を見ていた。朝からドルフェンを駆けてきたのだ。体力が戻っているはずがない。助けてもらった恩を返しに来て、命を落としては元も子もない。


「エノアは、どうするの?」


「ラーメルトさんに助けていただいたのに、恩を返さないでは、いられません。これくらいなら、行けます」


 目だけが、強い。

 膝の上に置いた指が、細かく震えていた。思案していると、横からエリヴィラが歩み出た。


「フルメアちゃんは、レオンハイトと準備しておいてー。エノアだっけ? ちょっと、あっちにー。――さっきから、顔色が気になってたのよねー」


 ぽかんとするフルメアを尻目に、エノアは詰め所へと連れ込まれていった。


「え? いいの? レオンハイト」


「大丈夫じゃないですかねー? 悪い人では、なさそうですしー」


 いいのか。フルメアは何も言うまいと、荷造りを手伝った。

 ――そして、支度が終わってじれ始めた頃、詰め所から出てきたエノアを見て、フルメアの口が、半開きのまま塞がらなくなった。

 顔色が、まるで違う。体力が完全に戻ったかのような、足取り。


「それじゃー、行きましょうかー」


 エリヴィラは何ごともなかったかのように言い、見計らったようにバルドロフが馬を連れてきた。


「こちらをどうぞ。手配しておきました」


 エリヴィラって、何者なの――ラーメルトの存在を危うく忘れかけ、フルメアは頬を軽く叩いて気を取り直した。


「グランツェ近くの方の隠れ家にも、一応寄っていい? 手がかりがあるかもだし」


「まぁ、居たら困るから、寄りましょうか。どのみち通り道だし、見ていきましょー」


 詰め所の前で、バルドロフが見送ってくれた。フルメアが手を振ると、バルドロフはフルメアには手を振り――エリヴィラには、深く頭を下げていた。


◇


 馬に若干の無理をさせて駆けると、やがて、二棟並んだ建物が見えてきた。

 人気は、ない。それでも慎重にあたりを検め、二手に分かれて中を捜索する。

 フルメアとエリヴィラの入った建物では、最奥の部屋に、机と椅子が乱雑に残されていた。エリヴィラが、床の傷を不審がる。


「これは――地下室、かなー?」


 机を退けると、床に取っ手が現れた。開けると、湿気と、松明の匂い。そして――それとは別の、匂い。

 階段を降りた先は、地下牢であった。松明は、まだ灯っている。つい最近まで、誰かがいた証拠だ。

 フルメアは牢の中に、吐瀉物と血の混じった痕を見つけた。臭いがきつく、直視はできない。けれど――多分、ラーメルトのものだ。

 爪が、掌に食い込んでいた。


「これで、ここを出るまでは生きていたことが、わかったわねー」


 エリヴィラはフルメアの頭を抱き寄せ、階段を上るよう促した。


◇


 外では、レオンハイトとエノアが先に戻っていた。


「手がかりは、ありましたー?」


「松明が灯っていたわ。あとは、吐瀉物とかねー。多分、ラーメルトのだと思うわー」


 レオンハイトは頷き、建物の脇を指し示した。


「あちらに、新しい馬車の轍があります。おそらく、ラーメルトを乗せて移動したのでしょう」


 馬車なら、速くはない。問題は、いつ発ったかだ。地下で一夜。追手が戻らぬと知れた以上、長居はしない。森の隠れ家が本命なら、夜の到着は避けたいはず――とすれば、発ったのは今朝。

 エリヴィラが、小さく頷く。

 フルメアは、手綱を握り直した。


「やっぱり、ドルフェン近くの森か。……エリヴィラ、疑って、ごめん」


 エリヴィラは、にこにこと受け流した。


「行きましょう」


 全員の騎乗を確かめ、フルメアは馬を駆けさせたのだった。


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