痕跡
フルメアは、レオンハイトとエリヴィラのやり取りを、不思議そうに見ていた。
「ふたりって、知り合いなの?」
「ふふ。どうなのかしらねー? 気になるのー?」
エリヴィラは意地悪な顔で受け流し、レオンハイトはと言えば、何ごともなかったようにエノアの荷を下ろしている。
んんー? 思うところは大いにあるが、今はそれどころではない。フルメアは頭を切り替えた。
「話を戻すけど――グランツェの近くには居ないって、どうしてわかるの?」
普通に考えれば、近い方に置くはずだ。ラーメルトの体格を思えば、運ぶだけでも大仕事である。わざわざ遠いドルフェンの森が本命だなんて。
「勘よ、勘」
「勘?!」
「勘って言うのはね、経験から来るものなのよ。当てずっぽうとは、違うわ」
エリヴィラは人差し指を立てて、続けた。
「一緒にいたフルメアちゃんを、殺しにまで来た連中よ? その追手が帰ってこなかったら――捕まって、場所を吐かされたかも、と考えるものよー?」
「……髭面が、嘘を言ってることは? どうせ捕まったのだからと、せめてもの嘘をつくことだって」
「そのへんは大丈夫よ。しっかり、心を開いてくれたからね」
何を根拠にその笑顔ができるのか。フルメアは苦笑するしかなかった。
「でも――ラーメルト、だっけ? その人を生かしていれば、の話だけど」
エリヴィラの顔から、ふっと笑みが消えた。フルメアの体が、震える。
と、その頭に、手が置かれた。
思いのほか、大きな手であった。
「多分、大丈夫よ。多分。これは、あてずっぽうなのだけどー」
さらりと適当なことを言う。言うのだが――不思議と、嘘の匂いがしなかった。
「なんで殺さずに連れて行ったのかも、だいたい予想はつくしー。……でも、急いだ方がいいかもねー。遅れた分だけ、命の目減りは早くなるわ」
◇
出発の支度の傍ら、フルメアは、エノアの顔色を見ていた。朝からドルフェンを駆けてきたのだ。体力が戻っているはずがない。助けてもらった恩を返しに来て、命を落としては元も子もない。
「エノアは、どうするの?」
「ラーメルトさんに助けていただいたのに、恩を返さないでは、いられません。これくらいなら、行けます」
目だけが、強い。
膝の上に置いた指が、細かく震えていた。思案していると、横からエリヴィラが歩み出た。
「フルメアちゃんは、レオンハイトと準備しておいてー。エノアだっけ? ちょっと、あっちにー。――さっきから、顔色が気になってたのよねー」
ぽかんとするフルメアを尻目に、エノアは詰め所へと連れ込まれていった。
「え? いいの? レオンハイト」
「大丈夫じゃないですかねー? 悪い人では、なさそうですしー」
いいのか。フルメアは何も言うまいと、荷造りを手伝った。
――そして、支度が終わってじれ始めた頃、詰め所から出てきたエノアを見て、フルメアの口が、半開きのまま塞がらなくなった。
顔色が、まるで違う。体力が完全に戻ったかのような、足取り。
「それじゃー、行きましょうかー」
エリヴィラは何ごともなかったかのように言い、見計らったようにバルドロフが馬を連れてきた。
「こちらをどうぞ。手配しておきました」
エリヴィラって、何者なの――ラーメルトの存在を危うく忘れかけ、フルメアは頬を軽く叩いて気を取り直した。
「グランツェ近くの方の隠れ家にも、一応寄っていい? 手がかりがあるかもだし」
「まぁ、居たら困るから、寄りましょうか。どのみち通り道だし、見ていきましょー」
詰め所の前で、バルドロフが見送ってくれた。フルメアが手を振ると、バルドロフはフルメアには手を振り――エリヴィラには、深く頭を下げていた。
◇
馬に若干の無理をさせて駆けると、やがて、二棟並んだ建物が見えてきた。
人気は、ない。それでも慎重にあたりを検め、二手に分かれて中を捜索する。
フルメアとエリヴィラの入った建物では、最奥の部屋に、机と椅子が乱雑に残されていた。エリヴィラが、床の傷を不審がる。
「これは――地下室、かなー?」
机を退けると、床に取っ手が現れた。開けると、湿気と、松明の匂い。そして――それとは別の、匂い。
階段を降りた先は、地下牢であった。松明は、まだ灯っている。つい最近まで、誰かがいた証拠だ。
フルメアは牢の中に、吐瀉物と血の混じった痕を見つけた。臭いがきつく、直視はできない。けれど――多分、ラーメルトのものだ。
爪が、掌に食い込んでいた。
「これで、ここを出るまでは生きていたことが、わかったわねー」
エリヴィラはフルメアの頭を抱き寄せ、階段を上るよう促した。
◇
外では、レオンハイトとエノアが先に戻っていた。
「手がかりは、ありましたー?」
「松明が灯っていたわ。あとは、吐瀉物とかねー。多分、ラーメルトのだと思うわー」
レオンハイトは頷き、建物の脇を指し示した。
「あちらに、新しい馬車の轍があります。おそらく、ラーメルトを乗せて移動したのでしょう」
馬車なら、速くはない。問題は、いつ発ったかだ。地下で一夜。追手が戻らぬと知れた以上、長居はしない。森の隠れ家が本命なら、夜の到着は避けたいはず――とすれば、発ったのは今朝。
エリヴィラが、小さく頷く。
フルメアは、手綱を握り直した。
「やっぱり、ドルフェン近くの森か。……エリヴィラ、疑って、ごめん」
エリヴィラは、にこにこと受け流した。
「行きましょう」
全員の騎乗を確かめ、フルメアは馬を駆けさせたのだった。




