開心見誠
酒場では、駆けつけた兵士たちが、床のふたつの骸を検めていた。遅れてぞろぞろと到着した中に、見知った顔がある。バルドロフであった。
店員から事情を聞き終えたバルドロフが、あたりを見回し、フルメアを見つけて駆け寄ってくる。
「何がどうなって、こういうことに?」
「勝手に、自分たちで斬り合ったのよねー」
返答に困るフルメアの後ろから、エリヴィラがひょっこり顔を出して答えた。
「勝手にって、店員の話じゃ……っ!?」
エリヴィラの方を向いた瞬間、バルドロフの目が、まん丸になった。
フルメアの背後で、エリヴィラが目配せひとつ。バルドロフが、ぴたりと黙る。
「……んんっ。話を聞いたところ、おふたりに問題がなかったことは、確認できております」
急に言葉遣いが変わった。心なしか、背筋まで伸びている。
「このたびは、当村で面倒ごとに巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」
なんだろう、この変わりよう。フルメアがエリヴィラを見ると、当人は両の掌を上に向け、さぁ? という顔をしていた。
そこへ兵士が駆け込み、報告する。
「賊の生き残りが目を覚ましたそうです。詰め所へ移送中ですが――いかがなさいますか」
「行きましょうか」
エリヴィラがフルメアの両肩に手を置き、耳元で囁いた。その囁きひとつで、バルドロフの態度の謎など、どうでもよくなった。今、目の前にあるのは、ラーメルトへの手がかりなのだ。
◇
詰め所への道すがら、駆け足になるフルメアを、エリヴィラがのんびり宥めた。
「そんなに急いでも、変わらないわよー。……私が聞き出してあげようかー? 人から話を聞くのは、うまいのよー」
にこやかに、フルメアの頭を撫でながら続ける。
「ラーメルト、だっけ。その人のことを聞けばいいのよねー? 寝る前に言ってたわよー。大事な人なのかしらー?」
悪戯めいた笑顔で、肘でつついてくる。会って間もない。間もないのに――この人になら、頼れる。その認識だけは、なぜか揺らがなかった。
詰め所は狭いが、牢を備えたしっかりした建物であった。牢の中では、髭面の男が椅子に縛りつけられている。
その顔を見た途端、フルメアは鉄格子を掴んで叫んでいた。
「ラーメルトを、どこに連れて行ったの!?」
髭面は、黄ばんだ歯を見せて笑い、そっぽを向いた。
「答えて!」
だんまりである。フルメアは格子を握ったまま、ずるずると座り込んだ。体が、小刻みに震える。
ぽん、と肩に手が置かれた。エリヴィラであった。耳打ちをして、フルメアをそっと立たせ、バルドロフに頼んで外へ連れ出させる。牢の中の髭面には、ちょっとまっててねー、と軽く声をかけた。
建物を出たエリヴィラは、バルドロフに、笑顔で、丁寧に言った。
「少しだけ……うるさくなるかもだけど、良いかしら?」
声も、言葉も、いつもと同じ柔らかさであった。
なのに、バルドロフの喉が、勝手に鳴った。額に、じんわりと汗が浮く。姿勢を正して敬礼すると、情けないほどの勢いで踵を返し、フルメアの待つ場所へと駆け出した。
◇
牢の中で、兵士たちの気配が消えたのを確かめ、髭面は笑っていた。小娘ごときに、教えることなど何もない。己の無力を噛みしめるがいい。
――ほんとうに?
背後から、強烈な殺気。振り向く。誰もいない。顔を戻すと――目の前に、エリヴィラが立っていた。
いつ、牢に入った? 扉を開ければ軋むはずの、粗末な鉄格子だぞ。全身の毛穴から、汗が噴き出す。得体の知れぬ恐怖に逃げようとして、椅子ごと後ろへ倒れた。
「ぐ……」
背を打った痛みに顔を歪め、見上げる。エリヴィラは、その場から一歩も、動いてすら、いなかった。
「あまりゆっくりしているつもりも、ないの。二度は訊かないわ? ――あなたたちの使っている隠れ家を、洗いざらい、話しなさい」
間延びした語尾が、ひとつも、なかった。
見えない刃が、首筋に触れていた。
髭面の喉から、笑いが、消えた。
◇
建物から出てきたエリヴィラを、立ち直ったフルメアが出迎えた。
「取り乱して、すみませんでした」
「心を通わせると、話してくれるものよ。ちゃんと隠れ家を教えてくれたわ」
心を……通わせる? 理解の追いつかないフルメアを面白そうに笑い、エリヴィラはバルドロフに周辺図を持ってこさせた。領主が土地の管理に使う詳細な地図で、建物のひとつひとつまで描き込まれている。
エリヴィラは、その一点を指差した。グランツェから、そう遠くない建物である。フルメアの顔が、ぱっと明るくなり――エリヴィラが、首を振った。
「多分、ここには居ないかもねー」
持ち上がりかけた頬が、そのまま、固まった。その顔を、エリヴィラが宥めた。
「ここと、もうひとつ。ドルフェン近くの森の中に、あるそうよー。教えてくれたのが正しければ、だけどねー」
ドルフェン近くの、森。――エノアが、ゴブリンに襲われた、あの森。
私ひとりで、行けるの? レオンハイトが来てくれたとして、ゴブリンが出たら? そもそも、ラーメルトを打ち負かした相手のところへ、私なんかが?
地図の上に、しずくが落ちた。
慌てて、指で拭う。滲んだ線が、森を、余計に広く見せた。
状況の読めないバルドロフが、恐る恐るエリヴィラに訊く。
「あの……なぜ、泣いておられるのでしょうか」
「お仲間さんが、連れ去られたそうよー。酒場の連中は、逃げたこの子を追ってきたってことー」
ん? では昨日の「探しもの」は、仲間の手がかりを――なるほど。合点のいったバルドロフが、任せろと胸を張りかけ――エリヴィラの顔に気づいて、言葉を呑み込んだ。
「私が、ついていくわよー」
「え? なんの関係もない、エリヴィラが? それは、駄目よ」
来てくれたら嬉しい。でも、頼める義理などない。それどころか、酒場では私のせいで巻き込んでしまったのだ。
「旅は道連れ、世は情けってね」
「けど、でも……」
「私は自分の身くらいは守れるわよー。それに、気になるじゃない? フルメアちゃんに、ここまで涙を流させる男ってのにも、会ってみたいしー?」
――いつの間にか、ちゃん付けである。
ごめんなさい。ありがとうございます。
言葉は、途中から、形にならなかった。
フルメアはエリヴィラの胸に額を押しつけ、声を上げて泣いた。
◇
泣き止んだ、ちょうどそのとき。村の入口から、馬が二頭、勢いよく駆け込んできた。
「フルメア!」
馬上の声は、レオンハイト。後ろには、エノアもいる。
「レオンハイト! エノアも!」
馬を降りたふたりに、フルメアは矢継ぎ早に問いを浴びせ、手短に今朝の襲撃を伝えた。レオンハイトの顔から、血の気が引く。
「お怪我は、ありませんでした?」
大丈夫、と首を横に振り、フルメアは後ろを振り返って、バルドロフと話しているエリヴィラを紹介した。
「エリヴィラよ! 酒場で助けてくれたの。ラーメルトの捜索も、手伝ってくれるの」
状況はよく読めないが、恩人であるらしい。レオンハイトはエリヴィラの背後に立ち、深々と頭を下げた。
「レオンハイトと申します。このたびはフルメアをお助けいただき、ありがとうございました。親友ラーメルトの捜索にもお力添えいただけるとのこと、感謝の言葉もありません」
エリヴィラが、振り返った。
レオンハイトが、下げていた頭をゆっくりと上げ――その動きが、エリヴィラの顔を見た瞬間、固まった。
レオンハイトが何かを言おうとした、その口を、エリヴィラの人差し指が、塞いでいた。
「よろしくね、レオンハイト。エリヴィラよ」
そう言って、エリヴィラの目が、ふと、エノアの顔色へ流れた。一瞬だけ、真顔になる。それから、何ごともなかったように、いつもの笑みへ戻った。




