二者択一
――気がつけば、フルメアは廊下へ飛び出していた。
階段を降りかけた背中が、視界の端に引っかかる。
「ラーメルト! 待って!」
呼び止められたラーメルトが、階段の上を見上げた。フルメアの肩が、短い距離を走っただけなのに上下している。
「どうしました? エノアに何か?」
「い、いや……た、食べ物を買いに行くなら、私も行くわ」
咄嗟に、口が別の理由を作った。
――行ってしまう、と思った。
思ってしまった自分に、耳の裏が熱くなる。
この男がいなくなることを、自分は、嫌がっている。
気づいてしまえば、もう、なかったことにはできなかった。
「よかった、助かります。ちょうど食事にしようと思っていたのですよ」
それにしても、間の悪い部屋の出方をする男である。あれだけ重い話をした直後に、間も置かずに出ていくとは。空気の読めなさを少しは理解したつもりでいたが、まだまだ甘かった。フルメアは不満顔で階段を降りた。
「お肉は早いかな? 温かいものがいいわよね。あ、スープとか」
自分の胃袋を基準に、若干のエノアへの配慮を乗せて選んでいく。偏りすぎたので、最終的にはスープと野菜の盛り合わせを人数分、フルメアの胃袋を満たすパンと焼いた肉は別皿で、ということに落ち着いた。店員に部屋まで運ぶのを手伝ってもらう。
「おまたせ! ご飯、持ってきたよ!」
湯気が、先に部屋へ入っていった。
沈んでいた空気が、その湯気に押し上げられていく。レオンハイトが小さく笑い、エノアの唇も、ほんのわずかに緩んだ。笑うだけの力が、戻ってきたらしい。
「食事を取りながらで良いので、聞いてください」
湯気の立つ器が行き渡ったところで、ラーメルトが切り出した。
「明日、私とフルメアのふたりで、馬でグランツェへ向かいます」
フルメアは驚いたが、堪えた。この男が考えなしに物を言わないことは、この数日で十分わかっている。
「グランツェ付近で、不審な出来事や噂がないかを調べる。それが、今回の私の旅の目的です」
命令の中身は伏せて、目的だけを告げる。
往復と聞き込みで、丸一日。その間、宿にレオンハイトがいれば、エノアも心強いだろう。王都へ帰すかどうかは、経過を見てからでいい。
「何もなければ、すぐに戻ります」
何もなければ――と、心の中でもう一度だけ、付け加えた。
本音を言えば、フルメアも置いていきたかった。だが王都での襲撃を思えば、この村が安全とも言い切れない。もしここが襲われたとき、怪我人を抱えたレオンハイトひとりで、さらにもうひとりを守り切るのは不可能に近い。あの夜の三人は手練れという程ではなかったが、生かして帰す気のない剣筋をしていた。より危険の低い方を選ぶ――と言えば聞こえは良いが、要は、どちらへ転んでも危うい二者択一であった。
「フルメアには、あのあたりの案内をお願いしたい。里の近くの地理なら、あなたの方が詳しいでしょうから。……頼めますか」
「……うん。任せて」
「レオンハイトは、我々が一日経っても戻らなければ、エノアを誰かに託せる形にして、王都へ戻って父に報せてください」
期限は一日。それを過ぎれば何かあったと見て、王都から兵を出してもらう。宮廷魔術師である父は、息子の腕を知っている。その息子が消息を絶ち、レオンハイトだけが戻れば、よほどのことが動いていると判断するはずだ。
期限の一日、レオンハイトが馬を飛ばして一日、兵が動いて二日。合わせて四日。何かあった身には四日は致命的だが――それでも、王命をこれ以上遅らせるわけにはいかなかった。
「判断は任せますが、戻らなかった場合、あなたはグランツェへは来ない方がいい」
「わかったよー」
返事は、いつも通り間延びしていた。
ただ、冷めたスープに浸したパンは、いつまでも口へ運ばれなかった。
――温かいうちなら、もっと美味かったでしょうに。
ラーメルトも、冷めたパンを飲み下した。喉を通るまでに、少しばかり、時間がかかった。
「食べ終えたら、今日はもう休みましょう。朝は、早いですよ」
「良いですね?」と、肉を頬張るフルメアに笑いかけたのだった。




