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世界は見たままの姿をしているか?  作者: 古代羊
第一章 魔術師失踪事件
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二者択一

 ――気がつけば、フルメアは廊下へ飛び出していた。

 階段を降りかけた背中が、視界の端に引っかかる。


「ラーメルト! 待って!」


 呼び止められたラーメルトが、階段の上を見上げた。フルメアの肩が、短い距離を走っただけなのに上下している。


「どうしました? エノアに何か?」


「い、いや……た、食べ物を買いに行くなら、私も行くわ」


 咄嗟に、口が別の理由を作った。

 ――行ってしまう、と思った。

 思ってしまった自分に、耳の裏が熱くなる。

 この男がいなくなることを、自分は、嫌がっている。

 気づいてしまえば、もう、なかったことにはできなかった。


「よかった、助かります。ちょうど食事にしようと思っていたのですよ」


 それにしても、間の悪い部屋の出方をする男である。あれだけ重い話をした直後に、間も置かずに出ていくとは。空気の読めなさを少しは理解したつもりでいたが、まだまだ甘かった。フルメアは不満顔で階段を降りた。


「お肉は早いかな? 温かいものがいいわよね。あ、スープとか」


 自分の胃袋を基準に、若干のエノアへの配慮を乗せて選んでいく。偏りすぎたので、最終的にはスープと野菜の盛り合わせを人数分、フルメアの胃袋を満たすパンと焼いた肉は別皿で、ということに落ち着いた。店員に部屋まで運ぶのを手伝ってもらう。


「おまたせ! ご飯、持ってきたよ!」

 湯気が、先に部屋へ入っていった。

 沈んでいた空気が、その湯気に押し上げられていく。レオンハイトが小さく笑い、エノアの唇も、ほんのわずかに緩んだ。笑うだけの力が、戻ってきたらしい。


「食事を取りながらで良いので、聞いてください」


 湯気の立つ器が行き渡ったところで、ラーメルトが切り出した。


「明日、私とフルメアのふたりで、馬でグランツェへ向かいます」


 フルメアは驚いたが、堪えた。この男が考えなしに物を言わないことは、この数日で十分わかっている。


「グランツェ付近で、不審な出来事や噂がないかを調べる。それが、今回の私の旅の目的です」


 命令の中身は伏せて、目的だけを告げる。

 往復と聞き込みで、丸一日。その間、宿にレオンハイトがいれば、エノアも心強いだろう。王都へ帰すかどうかは、経過を見てからでいい。


「何もなければ、すぐに戻ります」


 何もなければ――と、心の中でもう一度だけ、付け加えた。

 本音を言えば、フルメアも置いていきたかった。だが王都での襲撃を思えば、この村が安全とも言い切れない。もしここが襲われたとき、怪我人を抱えたレオンハイトひとりで、さらにもうひとりを守り切るのは不可能に近い。あの夜の三人は手練れという程ではなかったが、生かして帰す気のない剣筋をしていた。より危険の低い方を選ぶ――と言えば聞こえは良いが、要は、どちらへ転んでも危うい二者択一であった。


「フルメアには、あのあたりの案内をお願いしたい。里の近くの地理なら、あなたの方が詳しいでしょうから。……頼めますか」


「……うん。任せて」


「レオンハイトは、我々が一日経っても戻らなければ、エノアを誰かに託せる形にして、王都へ戻って父に報せてください」


 期限は一日。それを過ぎれば何かあったと見て、王都から兵を出してもらう。宮廷魔術師である父は、息子の腕を知っている。その息子が消息を絶ち、レオンハイトだけが戻れば、よほどのことが動いていると判断するはずだ。

 期限の一日、レオンハイトが馬を飛ばして一日、兵が動いて二日。合わせて四日。何かあった身には四日は致命的だが――それでも、王命をこれ以上遅らせるわけにはいかなかった。


「判断は任せますが、戻らなかった場合、あなたはグランツェへは来ない方がいい」


「わかったよー」

 返事は、いつも通り間延びしていた。

 ただ、冷めたスープに浸したパンは、いつまでも口へ運ばれなかった。

 ――温かいうちなら、もっと美味かったでしょうに。

 ラーメルトも、冷めたパンを飲み下した。喉を通るまでに、少しばかり、時間がかかった。


「食べ終えたら、今日はもう休みましょう。朝は、早いですよ」


 「良いですね?」と、肉を頬張るフルメアに笑いかけたのだった。


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