↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界は見たままの姿をしているか?  作者: 古代羊
第一章 魔術師失踪事件
12/122

命のやり取り

「レオンハイト、起きてください」


 空が薄く色づき始めた頃、ラーメルトはレオンハイトを揺すった。


「んー……」


 大きな伸びをひとつ。目覚めは良さそうである。


「交代を。フルメアと私は、少し眠ります」


「お願いねー」


 ラーメルトとフルメアは外套にくるまって横になった。

 レオンハイトは静かに起き上がり、鍋を洗い、冷たい水で顔を洗った。指の関節が、痺れるほどに冷たい。

 かまどに薪を足し、鍋を火にかける。

 やがて、湯気とともに、朝の空気へ良い匂いが広がりはじめた。

「……良い、匂い」


 背後で、エノアの声がした。


「もう少し、眠っててもいいよー」

 返事は、なかった。

 やがて火の音に紛れて、規則正しい寝息が、また聞こえはじめる。


◇


「エノアは、どうするの?」


 皆で朝食を終え、旅支度を始めたフルメアが、心配そうに呟いた。


「ドルフェンまでは、連れて行くしかないですね」


 毒と深手を負った身で、王都まで歩かせられるはずもない。かと言って、食料も日数も、送り届けて戻る余裕はない。ドルフェンまで行けば、村で養生もできるし、王都へ報せを出すこともできる。迷っている時間の分だけ、陽は進む。選択肢は、それしかなかった。


「今から出れば、何ごともなければ、野宿なしで着けるでしょう」


 エノアは荷馬に乗せた。その分の荷は、干し肉などの軽いものをフルメアが、酒類と重い雑貨をラーメルトが背負う。


「……すみません」

 馬上から、細い声が落ちてきた。

 ラーメルトは顔も上げず、鐙の長さを直してやりながら答えた。

「落ちないことにだけ、気をつけてください」


 一行は野営地を均し、出発した。


◇


 道中は幸い何ごともなく、空が薄暗くなり始めた頃、ドルフェンに着いた。


「着いたわ!」


 人の背丈ほどの柵が、村をぐるりと囲っている。獣を止めるには、十分だろう。

 柵の向こうから、炊事の煙。誰かが誰かを呼ぶ声。子どもの笑い。

 ――人の、いる音だ。

 張り詰めていたものが、フルメアの肩から静かに抜けていった。

 門を開けてもらい、ジョッキの看板の宿を探して、四人で眠れる大部屋を借りる。エノアをまず寝台へ寝かせ、レオンハイトが傷を検めた。


 その様子を横目に、フルメアはラーメルトに、昨日から聞きたかったことを訊いた。ゴブリン三匹を、一瞬で斬った件である。


「あれだけ強いのだから、もっと早く助ければ良かったのに」


 ラーメルトは、首を振った。


「あの状況では、ああするしかないのです。危険を承知で飛び込む必要は、ありません」


 人を助けるために己を犠牲にする英雄の物語なら、学院の書庫で山ほど読んだ。それが間違いだとは言わない。だが。


「私は、英雄譚の英雄ではありません」

 ラーメルトは、己の掌を無造作に開いてみせた。

「刀は一本。腕は、二本。……守れる背中の数は、それで決まります」


 どれほどの腕利きでも、四方八方から寄ってたかって襲われれば防ぎようがない。ゴブリンは、その数の暴力で来る。そして敵は、強い者にばかり向かうわけではない。むしろ、弱い方を選んで襲う。あのとき私に来たから良かったものの、矛先があなたやレオンハイトへ向いていたら――


「あの場で私が飛び出して、森からさらに二十匹も湧いたら、傷ひとつ負わずに戦い抜くのは難しい。そしてゴブリン相手では、その一筋の傷が、命取りになる」


 ラーメルトは、レオンハイトとエノアの方を見、それからフルメアをまっすぐに見た。


「戦えるのが、私ひとりなら」

 声が、少しだけ低くなった。

「私が倒れることは――そのまま、全滅を意味します」


 だから、わざと注意を引きつけた。刀を抜かずに立ち、油断を誘って、一瞬で仕留めた。逃がせば、群れを連れて夜道を狙ってくる。一匹も、帰すわけにはいかなかった。


「熟練の冒険者は、入念に備え、危険を数え上げ、潰せるものは必ず潰してから動きます。慣れてきた者や、駆け出しは、そこが甘い。どこかに綻びが出る。だから、崩れるときは一気に崩れ――全滅します」


 エノアの体が、弾かれたように震えた。


「向こうも、死にたくないのですよ。だから、何でもしてくる。人間と、同じです」

 毒。不意打ち。数。卑怯。

「命のやり取りに、そんな言葉は、一つも持ち込めません」

 ラーメルトは、そこで一度、目を伏せた。

「死んだら、終わりです。やり直しは、きかない」


 言い終えると、ラーメルトは静かに立ち上がり、寝台で布にくるまって震えるエノアへ、すみません、と短く詫びた。それから、フルメアへ向き直った。口の端が、ほんの少しだけ和らぐ。

「――ともに行くと決めた人を守ることに、限りを設ける気はありません」

 エノアは、もう、ともに行く人だ。

「だから、大丈夫ですよ」


 そう言い残して、ラーメルトは部屋を出ていった。

 扉は、音を立てずに閉まった。

 フルメアは、その一点から目を離せずにいた。胸の内側で、名前のつかない何かが、ゆっくりと形を変えていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。