考える時間
「もう少し、ここでお話を聞いてもいいでしょうか」
ラーメルトの問いを受け、先ほど話していた兵が女性へ目を向けた。フルメアもその視線を追う。
「あの人がここにいる。向こうが勝手に近づいてきたら、警戒せずにはいられない」
フルメアは言葉が終わるのを待った。兵の声が途切れると、今度は信徒側の一人が口を開いた。
「本人の意思を無視して連れていくなら、こちらは応じられない」
本人の意思。その言葉に、フルメアはもう一度女性を見た。兵は相手が彼女へ近づくことを警戒し、信徒は彼女の意思を重んじると言う。だが、どちらの言葉にも女性自身の声はなかった。
エノアも信徒から女性へ視線を移す。レオンハイトは双方の間合いを見ていた。
以前、好きなものを尋ねたときも、すぐに答えを求めず待った。今聞きたいのも、どちらの側を選ぶかではない。
ラーメルトがこちらを見る。フルメアはその目を見てから、女性へ向き直った。他の三人の問いは重ならなかった。
「あなたは今、どうしたい? どちらかを選ばせたいわけじゃない。今ここでのあなたの気持ちを聞かせて」
女性の唇がわずかに開き、声になる前に閉じた。視線が兵へ動き、信徒へ移る。フルメアは女性から目を逸らさず、その視線が戻るまで言葉を足さずに待った。ラーメルトもエノアもレオンハイトも、口を挟まない。
やがて、女性の指がわずかに動いた。小さく息を吸う音が聞こえ、フルメアは胸の奥の緊張を少しだけ緩める。
「今は、どちらにも連れていかれたくない。自分で考える時間がほしい」
最後まで聞いて、フルメアは静かに息をついた。自分で考える時間。目の前の女性が、自分の声で口にした言葉だった。
ではどうするのか、と続けて尋ねることはしなかった。今ここでの希望を聞いたのだ。今後の行き先まで決める答えではない。
フルメアは小さく頷いてから、兵と信徒へ向いた。
「今は、彼女の言葉を尊重してもらえませんか」
片方だけに向けず、二人の顔を見て言った。命じられる立場ではなかった。ただ、本人の声を聞いたうえで、誰かが先に結論を出さないでほしかった。
返事を引き出そうと言葉を重ねず、何が起きるかを見守る。
◇
エノアには、女性の言葉がはっきり届いた。兵と信徒の懸念も、フルメアの問いも聞いている。
先ほど話していた兵の様子をうかがう。距離を詰める動きはない。信徒側の一人も前へ出ていなかった。二人とも、すぐ女性を連れていこうとはしない。
呼びかけに応じていた二人の声は、もう先ほどのようには重ならなかった。エノアは二人の間と女性を順に確かめ、肩の力を少し抜く。場の緊張は和らいだように感じたが、周囲へ目を配ることはやめなかった。
先のことまで約束されたわけではない。対立の始まりも、これからどうなるかも分からない。それでも今は、本人の希望が聞かれ、その場の二人が直ちに踏み込まないことを見届けている。
エノアは顔を上げたまま、女性と二人の間合いを静かに見守っていた。




