聞いた言葉の範囲
「以前、王都で会った女性のことを、お話ししておきます」
ラーメルトがそう言うと、フルメアとレオンハイトが彼へ顔を向けた。エノアも視線を上げる。フルメアが家の名を口にした声が、まだ耳に残っていた。
「王城からの帰り道でした。袖を引かれて振り向くと、フードの下に紅い目と銀の髪が見えたんです。その人は私の手を取り、紅い結晶を載せました」
「結晶を?」
フルメアの問いに、ラーメルトは頷いた。
「渡すと言われました。でも私は受け取らず、彼女の手へ返しています」
エノアは、彼から聞いた出来事として一つの欄へ残した。三人が目にした石の話ではない。ラーメルトの手に今あるものでもなかった。
レオンハイトが身体を寄せる。
「その人、何と言っていたのー?」
「私に二つの匂いがすると。空と下の匂いがすると言って、なぜかとも尋ねられました。それから、結晶がいつか私に要るとも」
ラーメルトは少し目を伏せてから、続きを話した。
「理由を尋ねると、『歌がそう言っている』と答えました」
歌、という言葉でエノアの筆が止まる。
「その歌を、ラーメルトさんも聞いたのですか」
「いいえ。歌声も歌詞も聞いていません。彼女が『歌』と言ったのを聞きました」
エノアは、その一語に意味を添えずに記した。声に出して歌われたものがあるのか、彼女が何を指してそう言ったのかも、この話だけでは分からない。
「名前は聞かなかったの?」
フルメアが尋ねた。
「そのときは。最後に『また会いましょう』と言われて、その人は人混みに入っていきました」
話が終わると、エノアは顔を上げた。ラーメルトは三人を見ている。聞く前には知らなかった姿と動作、言葉が、いま自分の帳面に残っていた。
なぜ彼へ声をかけたのか。空と下とは何のことか。尋ねたいことは浮かぶが、ここにいる彼がその答えまで持っているわけではなかった。
フルメアが静かに言った。
「もし本人に会えるなら、自分の言葉で何を話せるのか、聞いてみたいわ」
エノアは彼女を見た。誰なのかを知りたいというだけではないように聞こえたが、その先を代わりに言葉にはしない。
今その女性がどこにいるのかは、分からない。名も、歌の意味も、まだ空いている。それでも、ラーメルトが一人で経験した面会は、三人にも聞ける話になった。
エノアは最後に、本人へ尋ねたいという問いを添えた。次に会うことは決まっていない。帳面を閉じる前に、ラーメルトから聞いた話だと記した欄の頭を確かめた。




