第七話 都合のいい理由①
帰り道。
信号待ち。
人の流れが途切れるのを、ぼんやり見ていた。
(……なんで)
ふと、思い出す。
あのとき。
急に、距離が詰まって。
何も言わずに。
キスされた。
その瞬間。
どき、と。
胸が鳴った。
(……なんで)
もう一度、同じところに戻る。
(びっくりしたから)
(急だったし)
(あいつ、意味わかんないし)
理由を並べる。
(……それだけ)
そう思えば、説明はつく。
つく、はずなのに。
⸻
信号が青に変わる。
歩き出す。
でも、思考はそのまま残る。
(……わかんない)
小さく息を吐く。
⸻
「で?」
机に頬杖をついたまま、芹塚がこちらを見る。
「例の探偵とはどうなったの?」
「どうなったもなにも……」
一瞬、間。
「……なにもない」
「ほんとに?」
少しだけ身を乗り出す。
「何か言われたりしてないの?」
「ないよ」
(……相変わらず言動意味わかんないし)
でも。
「……でも」
「距離は近い」
その言葉に芹塚が食いつく。
「ふーん?」
「ドキッとしたりした?」
一瞬、詰まる。
「……別に」
「嘘」
即切られる。
「したでしょ、絶対」
逃げ場がない。
(……したけど)
言葉にできない。
「……わかんない」
正直に出る。
芹塚が少しだけ眉を上げる。
「は?」
「わかんないって何」
「いや、だって」
言葉を探す。
「そういうの、あんまり経験ないし」
一拍。
「急だったからびっくりしただけかもしれないし」
曖昧なまま、繋ぐ。
芹塚は少しだけ考える。
「……あー、たしかにね」
納得したみたいに頷く。
「それだわ」
「は?」
「キスされたから意識してるだけだ」
あっさり。
「普通、急にキスしてくる相手なんて警戒する方が先だって」
「……」
「七沢、そういうの慣れてないじゃん」
逃げ場を塞ぐみたいに続ける。
「だから余計に引っ張られてるだけ」
(……そういうもの?)
少しだけ考える。
(キスされたから)
(意識してるだけ)
頭の中で、言葉を並べる。
「……まあ、それはある」
小さく認める。
芹塚は満足げに笑う。
「でしょ」
「それ以上でもそれ以下でもないやつ」
軽く言い切る。
(……それ以上でもそれ以下でもない)
言葉が、残る。
でも。
⸻
その日の夜。
部屋の中。
静かな時間。
ふと、思い出す。
あのとき。
近づいた距離。
視線。
『ありす』
呼ばれた声。
一瞬。
どき、と。
胸が鳴る。
(……また)
理由は、わかっているはずなのに。
(キスされたから)
(意識してるだけ)
(それなら説明がつく)
(それなら、変じゃない)
そう、思ったはずなのに。
それだけじゃ、足りない気がする。
「……それだけ、じゃない?」
小さく呟く。
でも。
(……違う)
すぐに、打ち消す。
「……違うでしょ」
自分に言い聞かせるみたいに。
ベッドに倒れ込む。
視界が天井で埋まる。
(ほんと、意味わかんない)
目を閉じる。
でも。
さっきより、少しだけ。
心拍がうるさい気がした。




