第六十七話 少しずつ増えるもの①
夜。
捜査三課。
ありすはパソコンの電源を落とした。
時計を見る。
予定より少し遅くなった。
静かなフロア。
残っている職員も、もう数人だけ。
鞄を手に取る。
立ち上がる。
でも。
足が止まる。
スマホを取り出す。
画面を開いて。
閉じる。
また開く。
(……何してるの)
苦笑する。
用事はない。
緊急でもない。
でも。
今日は帰り道もいない。
ここ数日。
千翠は一課、二課、三課。
いろんな課に呼ばれていて。
前みたいに毎日一緒には帰れていなかった。
(……会いたい)
一瞬。
思った。
そのまま。
指が動く。
『会いたい』
思わず送信。
画面が切り替わる。
ありすは数秒固まる。
(……送っちゃった)
思考が止まる。
(……何送ってるの私)
耳まで熱くなる。
慌ててスマホを閉じようとした、その瞬間。
震えた。
『どこにいる?』
「……早っ」
思わず声が漏れる。
少し笑ってしまう。
慌てて打つ。
『まだ本部』
送信。
ほとんど間もなく。
『今から行く』
一言。
迷いがない。
ありすは画面を見つめたまま、小さく息を吐いた。
(……本当に来るんだ)
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
⸻
本部入口。
夜風が頬を撫でる。
十数分後。
見慣れた姿が歩いてくる。
ありすは自然と笑っていた。
千翠が足を止める。
「待った?」
「そんなに待ってない」
短いやり取り。
それだけなのに。
少しだけ安心する。
二人で歩き始める。
静かな夜道。
千翠が口を開く。
「うち来る?」
ありすの足が少し止まる。
前なら。
きっと迷っていた。
でも。
今日は。
「……うん」
自然に返事が出た。
千翠は小さく頷くだけだった。
⸻
部屋。
扉が開く。
見慣れた景色。
ベッド。
机。
本棚。
それ以外は、ほとんど何もない。
ありすは部屋を見回して。
思わず笑った。
「……相変わらず何もないね」
千翠も部屋を見回す。
「困ってない」
即答。
ありすが吹き出す。
「そういう問題じゃないの」
靴を脱いで。
ベッドに腰掛ける。
部屋をもう一度見渡す。
「ねぇ」
千翠が見る。
「今度さ」
一拍。
「ソファ買いに行こうよ」
「ソファ?」
「うん」
ありすは笑う。
「ベッドしかないじゃん」
「二人で座る場所ないし」
一瞬。
部屋が静かになる。
千翠は少しだけ考える。
「……二人で?」
「うん」
ありすは頷く。
「買い物」
「一緒に」
千翠は数秒黙る。
そのあと。
小さく頷いた。
「いい」
短い返事。
でも。
その声は少しだけ柔らかい。
ありすは少し照れながら笑う。
「決まりね」
千翠は部屋を見回す。
何もない空間。
そのあと。
ぽつりと言った。
「……ありすが来るなら」
一拍。
「ソファ、あった方がいい」
ありすの動きが止まる。
「……何それ」
照れ隠しみたいに笑う。
千翠は変わらない。
「今まで必要なかった」
一拍。
「でも」
ありすを見る。
「今は必要」
その一言に。
胸がぎゅっと締めつけられる。
(……ずるい)
そんな言い方。
反則だ。
思わず笑ってしまう。
笑いながら。
少しだけ距離を詰める。
肩が触れるくらい。
千翠も何も言わない。
そのまま隣に座る。
静かな部屋。
何もないはずなのに。
少しずつ。
二人の場所になっていく気がした。




