第六十六話 広がる評価②
数週間後。
警察本部。
廊下。
今日も、千翠の姿があった。
「神谷、悪い。ちょっと二課来てくれるか」
「分かった」
短く返事をして歩き出す。
それを見送る職員が、小さく笑う。
「最近、本当にあちこち呼ばれてますね」
「最初は話しかけづらかったけど、今は全然違うよな」
「仕事もできるし」
「説明も分かりやすいし」
「助かるよ」
そんな声が、少しずつ増えていた。
事件を解決するたびに。
別の課からも声がかかる。
特別捜査員として。
千翠は、少しずつ本部に馴染んでいた。
本人だけは。
何も変わっていない。
「神谷」
「はい」
呼ばれれば行く。
頼まれれば考える。
終われば戻る。
それだけ。
それでも。
結果は残す。
だからまた呼ばれる。
その繰り返しだった。
⸻
一方。
三課。
ありすは報告書に目を通していた。
部下が資料を持ってくる。
「課長、神谷さん、今日は一課の応援にも行ってるみたいですよ」
「……そう」
手は止めない。
資料を受け取る。
表情も変わらない。
でも。
(また)
ここ数日。
三課だけじゃない。
二課。
一課。
呼ばれる場所が増えている。
それだけ必要とされているということ。
課長としては。
悪いことじゃない。
(……良かった)
少し前まで。
人との距離感が分からず。
現場でも浮くことがあった。
それを知っているからこそ。
今、自然に受け入れられていることが嬉しかった。
(ちゃんとやれてる)
それだけで。
十分だった。
……はずなのに。
「そういえばさ」
隣のデスクから声がする。
女性職員たちが、小さく話している。
「神谷さんって、かっこいいよね」
「分かる」
「最初は怖い人かと思ったけど」
「意外と優しいし」
「説明も丁寧だし」
「人気出るの分かるなぁ」
ありすの手が。
一瞬だけ止まる。
すぐに動かす。
(……人気)
まあ。
そうなるか。
顔は整っている。
背も高い。
仕事もできる。
最近は。
笑うことも増えた。
(……当然)
そう思う。
そう思うのに。
(……なんか)
少しだけ。
胸の奥が落ち着かなかった。
⸻
夜。
本部の外。
今日は久しぶりに。
二人は帰りが重なった。
「帰る?」
千翠が聞く。
「うん」
ありすが頷く。
二人で歩き出す。
自然に。
手を繋ぐ。
もう。
それが当たり前になっていた。
ありすが口を開く。
「最近、忙しいね」
「うん」
短い返事。
でも。
少しだけ疲れた顔。
「疲れてない?」
千翠は少し考えて。
「少し」
正直に答える。
「でも」
一拍。
「楽しい」
その一言に。
ありすは少しだけ笑う。
「そっか」
それならいい。
そう思う。
ありすはそう言って。
繋いだ手を、ほんの少しだけ握り直した。
⸻
その数日後。
夜。
ありすは一人で本部を出る。
スマホを見る。
画面には、千翠とのトーク。
最後のやり取りは昨日。
(……今日は二課だったっけ)
忙しい。
分かっている。
邪魔もしたくない。
(……会いたい)
その言葉が浮かんで。
ありすは足を止める。
(……いや)
思わず首を振る。
仕事なんだから。
仕方ない。
それくらい。
ちゃんと分かっている。
でも。
(……帰り道)
手を繋いで歩く時間。
他愛もない話をする時間。
それがないだけで。
こんなに静かなんだ。
スマホを開く。
“今日、終わった?”
そこまで入力して。
指が止まる。
(……忙しいのに)
消す。
画面を閉じる。
小さく息を吐いた。
⸻
同じ頃。
二課の現場を出た千翠も。
一人で歩いていた。
ポケットからスマホを取り出す。
画面には。
ありすとのトーク。
(……来てない)
数秒。
見つめる。
指が動きかける。
止まる。
(……忙しい)
そう思って。
画面を閉じる。
でも。
胸の奥が少しだけ物足りなかった。
同じ夜。
別々の帰り道。
同じことを考えていることは。
まだ、お互い知らなかった。




