第六十四話 信頼②
夜。
本部を出る。
並んで歩く。
街灯が、歩道を静かに照らしていた。
隣では、千翠がいつも通りありすと歩幅を合わせて歩いている。
手は、自然に繋がっていた。
少しだけ間が流れる。
そのあと。
「……今日」
千翠がぽつりと口を開く。
ありすが横を見る。
「何」
「神谷って呼ばれた」
ありすは少しだけ目を逸らす。
「……仕事だから」
「課長として呼んだだけ」
千翠は頷く。
「うん」
そのあと。
「でも」
一拍。
「初めてだった」
ありすは小さく息をつく。
「……嬉しいの」
千翠は少しだけ考える。
「うん」
「信頼されてる感じがするから」
一拍。
「ちゃんと任せてもらえてる気がした」
静かに言う。
ありすの足が少しだけ止まる。
(……そういうこと)
この人は。
名前そのものじゃない。
その呼び方に込められた意味を受け取ってる。
少しだけ照れながら。
「……考えすぎ」
ぶっきらぼうに返す。
でも。
頬は少しだけ熱かった。
⸻
翌日。
捜査三課。
朝の打ち合わせが終わり、それぞれが仕事へ戻っていく。
部下の一人が、資料を片付けながら口を開いた。
「昨日の連続空き巣、解決したらしいですね」
「ああ、課長が初めて一人で現場に出したって」
「え、そうなんですか?」
「今までは誰か上の人が一緒だったらしいですよ」
別の刑事が頷く。
「じゃあ、本当に昨日が初めて?」
「みたいですね。それであの成果でしょ?」
「現場の人、かなり驚いてたって聞きました」
「“あいつ、本当に探偵みたいだな”って話になってたらしいですよ」
「また一緒に現場入りたいって言ってた人もいましたよ」
少し離れたデスク。
ありすは何も言わない。
書類へ視線を落としたまま。
でも。
(……よかった)
三課でも。
現場でも。
千翠を認める声が聞こえる。
(……ちゃんと、見てもらえてる)
課長として送り出した判断は、間違っていなかった。
そう思えた。
ほんの少しだけ。
肩の力が抜けた。
⸻
一方。
捜査二課。
資料をめくっていた橘の耳に、部下たちの会話が入る。
「聞きました?」
「神谷さんの話」
「昨日、一人で現場行ったらしいですよ」
橘の手が止まる。
「一人?」
「はい」
「七沢課長が初めて一人で行かせたとか」
橘は小さく笑う。
(……へぇ)
七沢が一人で送り出した。
あいつは慎重だ。
誰でも任せるタイプじゃない。
能力だけじゃなく、
周りとやれるかまで見て判断する。
(七沢らしいな)
小さく笑う。
それなら。
二課でも見てみたい。
知能犯相手なら、
千翠の頭の回転はもっと生きるかもしれない。
橘は立ち上がる。
「この前の詐欺の件」
近くの部下が顔を上げる。
「神谷にも現場に入ってもらおう」
「一人でですか?」
橘は頷く。
「ああ」
「七沢が任せたんなら、大丈夫だろ」
橘はそう言って、資料へ視線を戻す。
その日から。
神谷千翠という名前が、少しずつ二課にも知られていくことになる。




