第六十三話 信頼①
午前。
捜査三課。
一本の連絡が入った。
「七沢課長」
「三件目の現場からです」
部下が資料を差し出す。
ありすは目を通す。
「また空き巣?」
「はい」
「同一犯と思われます」
資料をめくる。
三件。
住宅街。
昼間。
住人の留守中。
侵入口はすべて玄関。
現場保存は終わっている。
だが。
決め手がない。
「現場は?」
「聞き込みも進めてますが、有力な情報は出てません」
ありすは少し考える。
自分も行きたい。
でも。
本部を離れられない。
午後には会議もある。
三課全体の指揮もある。
(……私が行ければ)
一瞬だけ思う。
でも。
無理だ。
視線を上げる。
少し離れた場所。
ありすは資料を閉じる。
近くにいた部下へ視線を向ける。
「……神谷を呼んで」
「はい」
部下が席を立つ。
数分後。
ノックの音。
「失礼します」
千翠が部屋へ入る。
ありすは顔を上げる。
一瞬だけ目が合う。
でも。
すぐに課長の表情へ戻る。
「神谷」
「現場に行ってほしい」
資料を差し出す。
「連続空き巣」
「現場は三件目」
「まだ決め手が出てない」
千翠は資料を受け取り、
数ページ目を開く。
「……分かった」
一拍。
「見てくる」
ありすは小さく頷く。
「お願い」
ありすは一瞬だけ迷う。
現場には経験の長い刑事もいる。
千翠はまだ、そのやり方に完全には馴染んでいない。
少しだけ、不安がよぎる。
「……神谷」
千翠が振り返る。
「一人で解決しようとしないで」
「ちゃんと現場の人と相談して」
一拍。
「うん」
短く頷く。
「行ってくる」
そう言って、三課を出ていった。
ありすはその背中を見送る。
(……大丈夫)
自分で送り出した。
だから、信じる。
小さく息を吐いて。
再び資料へ視線を戻した。
(……神谷)
そう呼んだのは初めてだった。
⸻
午後。
現場。
「神谷さん」
現場で指揮を執る刑事が近付く。
「聞き込みは一通り終わってる」
「ただ決め手がない」
千翠は頷く。
「現場、もう一度見る」
静かに玄関へ向かう。
しゃがみ込む。
玄関脇。
植木鉢。
土が散らばっている。
「今回もか」
「犯人、逃げる時にぶつけたんでしょう」
「三件とも同じだ」
千翠は植木鉢を見る。
そのあと。
玄関のタイルへ視線を落とす。
少しだけ眉を寄せた。
「……違う」
「え?」
「植木鉢の土と、タイルに落ちてる土」
一拍。
「色が違う」
一瞬。
周囲が静かになる。
「植木鉢の土は黒い」
「でも」
指先についた赤茶色の土を見せる。
「こっちは赤い」
刑事が眉を寄せる。
「……だから?」
「犯人の靴についてた土」
一拍。
「植木鉢を倒したときに」
「わざと土を混ぜたんだと思う」
周囲の空気が変わる。
「……隠したってことか」
千翠は頷く。
「たぶん」
千翠は植木鉢を見た。
「……三件とも同じなんじゃない?」
刑事がしゃがみ込み、玄関のタイルに落ちた土を確認する。
指先で少しだけ拾う。
「鑑識さん」
千翠が静かに言う。
「この赤土だけ調べてください」
⸻
一時間後。
鑑識から連絡が入る。
「この赤土、市内でも限られた場所の成分です」
「造成地で使われている土と一致しました」
すぐに周辺の防犯カメラを洗う。
数日前から。
同じ時間帯。
同じ軽バンが映っていた。
「……これだ」
そこから所有者を割り出し。
張り込み。
その日の夕方。
「確保!」
犯人が取り押さえられる。
⸻
夜。
捜査三課。
千翠が戻ってくる。
ありすは席を立たない。
でも。
視線だけを向ける。
「お疲れ」
千翠が頷く。
「終わった」
「聞いた」
一拍。
「犯人、捕まったんでしょ」
「うん」
短い返事。
ありすは小さく笑う。
「……やっぱり」
「行かせて正解だった」
一課の部下たちも小さく頷く。
「課長の判断、大当たりでしたね」
ありすは首を横に振る。
「私じゃない」
一拍。
「神谷が見つけた」
迷いなく言う。
千翠はその言葉を聞いて。
ほんの少しだけ目を細める。
「……ありがとう」
ありすは照れくさそうに資料へ視線を戻す。
「次も頼む」
その一言だけ。
「うん」
短く返事をして。
千翠も自分の持ち場へ戻っていく。
恋人だから任せたんじゃない。
一人の捜査員として信頼している。
そのことが。
二人には、何よりも伝わっていた。




