第五十八話 好きの形①
夜。
仕事終わり。
駅までの帰り道。
もうすっかり当たり前になった道。
隣には千翠がいる。
一歩。
また一歩。
歩幅も、自然と合う。
ありすが、小さく手を差し出す。
何も言わない。
千翠も何も聞かない。
そのまま、そっと手を重ねる。
指が絡む。
力は強くない。
でも、離れない。
ありすは少しだけ俯く。
(……落ち着く)
最初は緊張した。
触れるたびに意識して。
心臓ばかりうるさかった。
でも今は。
手を繋ぐ時間があるだけで。
今日一日の疲れが少しだけ軽くなる。
そんな感覚があった。
しばらく無言で歩く。
沈黙。
でも苦しくない。
むしろ。
もう少しだけ。
この時間が続けばいい。
そう思う。
(……帰りたくない)
ふと浮かぶ。
その瞬間、自分で驚く。
(……何考えてるの)
帰ればいい。
明日も仕事。
分かってる。
それなのに。
手を離したら終わる気がして。
少しだけ。
惜しくなる。
⸻
駅が見えてくる。
ありすの足が、ほんの少しだけ遅くなる。
数秒。
迷って。
小さく口を開く。
「……ねえ」
千翠が見る。
「何」
ありすは視線を逸らしたまま。
少しだけ息を吸う。
「このあと」
一拍。
「どこか行かない?」
言った瞬間。
自分でも驚く。
(……言った)
千翠は数秒だけ考える。
それから。
「ご飯食べる?」
いつもみたいに。
自然に返す。
ありすは少しだけ笑う。
「うん」
「じゃあ行こう」
手は繋いだまま。
二人は駅とは反対の方向へ歩き出した。
⸻
食事は穏やかだった。
他愛もない話。
仕事のこと。
今日あったこと。
少し笑って。
また静かになって。
その繰り返し。
⸻
店を出る。
夜風が少しだけ涼しい。
また手を繋ぐ。
(……まだ)
まだ帰りたくない。
さっきよりも。
その気持ちは、はっきりしていた。
駅へ向かう道。
いつもの分かれ道が近づいてくる。
(……もう終わる)
そう思った瞬間。
ありすの足が止まった。
手を繋いだまま。
千翠も足を止める。
「……千翠」
「何」
ありすはすぐには続けられない。
言ってしまえば。
きっと、今までとは少し違う。
(……でも)
今日は。
もう少しだけ。
一緒にいたい。
「……まだ、帰りたくない」
千翠の足が止まる。
一瞬。
目がわずかに見開かれる。
呼吸も、ほんの少しだけ止まったように見えた。
けれど。
すぐにいつもの表情に戻る。
ありすは少しだけ視線を逸らす。
「……家、行っていい?」
その言葉に。
千翠の目が、ほんのわずかに揺れる。
「いい」
返事は、それだけ。
迷いがない。
「来て」
ありすの肩から。
少しだけ力が抜けた。
(……よかった)
その表情を見て。
千翠の胸の奥が、静かに温かくなった。




