第五十ニ話 伝わる変化
昼休み。
警察本部の食堂。
昼時の賑わいの中。
ありすと芹塚彩音は向かい合って座っていた。
定食を食べながら。
話題は自然と仕事になる。
「一課、昨日忙しかったらしいね」
芹塚が味噌汁を飲みながら言う。
「ああ、そうみたいだね」
ありすが頷く。
「神谷も行ってたらしいね」
「……あ、そういえば」
芹塚が思い出したように頷く。
「最近、神谷ちょっと変わったって聞いた」
一拍。
「一課の課長が褒めてたよ」
ありすの箸が少し止まる。
「……そうなんだ」
「前より共有するようになったって」
「説明もするし、勝手に動かなくなったってさ」
芹塚は気軽に話す。
ありすは少しだけ視線を落とす。
(……ちゃんと伝わってる)
少しだけ。
胸の奥が軽くなる。
その様子を見て。
芹塚が目を細めた。
「……なんか知ってる顔だね」
ありすの動きが止まる。
「え?」
「その反応」
一拍。
「何かあったでしょ」
逃がさない口調。
同期だからこそ。
隠しても意味がない。
ありすは小さく息を吐く。
「……神谷と」
「うん?」
「付き合うことになった」
芹塚の箸が止まる。
「……は?」
一瞬。
食堂の音だけが流れる。
「いや待って」
芹塚がありすを見る。
数秒。
沈黙。
「……マジ?」
「うん」
芹塚は額を押さえた。
「あんたら、そこ行った?」
「私もそう思ってる」
即答だった。
芹塚が思わず吹き出す。
「ははっ」
「何その返し」
「いや、だって」
ありすも少しだけ笑う。
「付き合ってからの方が大変」
「どういうこと?」
ありすは少し考えてから話し始める。
「職場では呼ぶまで三課に来ない、とか」
「何するか決めてから誘う、とか」
「毎日説明してる気がする」
芹塚が数秒黙る。
そして。
「……教育係?」
「私もそう思う」
また即答。
二人とも少し笑う。
一拍。
笑いが落ち着いて。
芹塚が少しだけ真面目な顔になる。
「でもさ」
ありすが顔を上げる。
「神谷、ちゃんと聞くんでしょ?」
「……聞く」
「直す?」
「うん」
一拍。
「昨日も一課で変えてたみたい」
芹塚はゆっくり頷く。
「それ、結構すごいことだよ」
ありすは黙る。
芹塚が続ける。
「前の神谷なら」
一拍。
「自分が正しいと思ったら、それで終わりだったじゃん」
ありすの思考が止まる。
「今は違う」
「七沢が言ったこと、一回持ち帰って考えて」
「ちゃんと変えてる」
ありすは何も言わない。
言えない。
それは。
全部、自分も見てきたことだった。
芹塚は少しだけ笑う。
「案外、七沢だからなんじゃない?」
「……え?」
「神谷が変わろうとしてるの」
一拍。
「相手が七沢だからじゃないかな」
ありすは視線を落とす。
(……私だから)
その発想は、なかった。
ただ。
思い返せば。
約束も。
距離も。
誘い方も。
一つ言うたび。
千翠は、ちゃんと考えていた
「……そうなのかな」
小さく呟く。
彩音は肩をすくめる。
「少なくとも、私はそう見える」
一拍。
「……人ってさ」
「簡単には変わらないと思う」
「でも神谷は変わってる」
「それって七沢の言葉をちゃんと受け止めてるってことでしょ」
芹塚は少しだけ笑う。
「ちゃんと大事にされてるじゃん」
その一言に。
ありすは何も返せなかった。
でも。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
(……大事に)
その言葉は。
思っていたよりも。
ずっと静かに、心に残った。




