↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/71

第四十九話 変わる歩幅①

 午後。


 捜査一課。


 空気が、以前と少し違っていた。


 千翠がいる。


 同じ場所。


 同じ立ち位置。


 でも。



「現時点では二つだ」



 課長がホワイトボードを見ながら言う。



「Aを先に追うか、それとも共犯者を押さえるか」



 刑事たちは資料を見比べる。


 その中で。



「共犯者」



 千翠が短く答える。


 視線が集まる。



「理由は?」



 課長がすぐに聞く。


 千翠は資料を一度見てから答える。



「Aは今動けない。共犯者が連絡役だから」



 ホワイトボードの一点を指す。



「ここで共犯者を押さえれば」


「Aは情報を受け取れない」


「結果的に逃走経路も狭まる」



 会議室が静かになる。


 数秒。



「ああ……」



 誰かが小さく漏らす。


 課長も頷いた。



「そうだな」


 一拍。


「共犯者を先行する」



 その一言で方針が決まる。



(……説明するようになった)



 前は違った。


 正解は出す。


 でも、説明がなかった。


 今は違う。


 過程が見える。


 周りが動ける形になっている。


 一拍。


 課長は小さく息を吐く。



「……七沢か」



 ぼそっと呟く。


 理由は、分かっている。



⸻



 指示が通る。


 動きが速い。


 千翠はそれを見ている。


 特に表情は変わらない。


 でも。



(……通る)



 以前よりも、明らかに。


 やりやすい。



(……やり方を変えただけ)



 結果は同じ。


 でも。


 周りの反応が違う。


 その事実だけが、残る。



⸻



 夕方。


 捜査三課。


 ありすは資料に目を通している。


 ふと。


 一課からの報告書に目が止まる。



(……あれ)



 違和感。


 読み進める。


 数秒。



(……通ってる) 



 構成が変わっている。


 共有の跡がある。


 無駄がない。


 でも。


 独断じゃない。



(……ちゃんとやってる)



 小さく息を吐く。


 胸の奥が、少しだけ軽くなる。



⸻



 夜。


 仕事終わり。


 ありすが三課を出る。


 廊下。


 少し離れた場所に、千翠がいる。


 部屋の中には入っていない。


 距離を保った位置。


 ありすは一瞬だけ足を止める。



(……中に来てない)



 視線がわずかに揺れる。


 千翠が気づく。



「終わった?」



 いつも通りの声。



「今終わった」



 短く返す。


 一拍。



「……待ってたの」



 確認みたいに。


 千翠は頷く。



「呼ばれてないから」


 一拍。


「中には入ってない」



 事実だけ。


 ありすは小さく息を吐く。



(……ちゃんと守ってる)



 言葉にしたこと。


 全部。



「……で?」



 促す。


 千翠は一瞬だけ考える。



「少し、時間ある?」



 確認。


 ありすは少しだけ間を置いて。



「あるけど」



 短く返す。


 千翠は続ける。



「じゃあ、行こう」



 当たり前みたいに。


 ありすは眉を寄せる。



「どこに」



 即座に返す。


 千翠は一拍。



「決めてない」



 そのまま言う。


 ありすは一瞬黙る。



(……それでいいの)



 理解できない。


 でも。


 嘘はない。



「何するつもりだったの」



 少しだけ声が低くなる。


 千翠はそのまま答える。



「一緒にいる時間を作りたかった」



 率直に。


 ありすは言葉に詰まる。



(……悪くはない)



 でも。



(落ち着かない)



 一拍。



「……私は、決まってないと嫌」



 はっきり言う。


 千翠は黙る。


 考える。


 数秒。



「……分かった」



 短く。



「次は決めてから誘う」



 数秒。


 そのまま考え続ける。



「……今日はもう遅い」



 ありすは黙って聞いている。



「だから」


 一拍。


「ありすが休みの日」


「ご飯でも行く?」



 ありすは少しだけ考えて。



「……いいよ」



 千翠は小さく頷く。



「分かった」


 一拍。


「決めたら、また伝える」


「……ちょっと待って」



 ありすが言う。


 千翠が顔を上げる。


 ありすはスマートフォンを取り出した。


 そのまま、千翠に差し出す。



「これからもすぐ連絡取れないと、不便だから」



 千翠は一瞬、スマートフォンとありすの顔を交互に見る。



「……連絡先?」


「そう」


「分かった」



 千翠もスマートフォンを取り出す。


 二人で連絡先を交換する。


 短い操作音。



「これでいい?」


「うん」



 ありすはスマートフォンをしまう。



「じゃあ、決めたら連絡して」


「分かった」


 一拍。


「じゃあ今日は送る」


「……そこまででいい」



 二人は歩き出す。



⸻



 帰り道。


 短い時間。


 大きな会話はない。


 でも。


 沈黙が、前よりも居心地悪くない。



「……今日」



 ありすがぽつりと言う。


 千翠が視線を向ける。



「一課」


 一拍。


「うまく回ってたみたいだね」



 短く伝える。


 千翠は少しだけ考える。



「やり方を変えた」


 一拍。


「共有した」


「その方が、周りが動いた」



 事実だけ。


 ありすは一瞬だけ黙る。



(……ちゃんと実感してる)



 胸の奥が、少しだけ揺れる。



「……そう」



 それだけ返す。


 でも。


 ほんの少しだけ。


 声が柔らかい。



(私の言葉を、本当に試してくれた)


(……これでいいのかも)



 完璧じゃない。


 でも。


 確実に、前よりいい。


 ありすはそう思いながら、歩く。


 ふと、さっきの会話が頭をよぎる。



(……休みの日)


(ご飯)



 数秒。


 歩きながら。


 そこでようやく。



(……それって)


 一拍。


(デート?)



 思わず足が止まりそうになる。


 でも。


 すぐ前を歩く千翠は、そんなことも知らずに歩いている。



(……いや)


(本人はそこまで考えてないでしょ)


(……たぶん)



 そう思い直す。


 それでも。


 胸の奥だけが、少しだけ落ち着かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。