第四十九話 変わる歩幅①
午後。
捜査一課。
空気が、以前と少し違っていた。
千翠がいる。
同じ場所。
同じ立ち位置。
でも。
「現時点では二つだ」
課長がホワイトボードを見ながら言う。
「Aを先に追うか、それとも共犯者を押さえるか」
刑事たちは資料を見比べる。
その中で。
「共犯者」
千翠が短く答える。
視線が集まる。
「理由は?」
課長がすぐに聞く。
千翠は資料を一度見てから答える。
「Aは今動けない。共犯者が連絡役だから」
ホワイトボードの一点を指す。
「ここで共犯者を押さえれば」
「Aは情報を受け取れない」
「結果的に逃走経路も狭まる」
会議室が静かになる。
数秒。
「ああ……」
誰かが小さく漏らす。
課長も頷いた。
「そうだな」
一拍。
「共犯者を先行する」
その一言で方針が決まる。
(……説明するようになった)
前は違った。
正解は出す。
でも、説明がなかった。
今は違う。
過程が見える。
周りが動ける形になっている。
一拍。
課長は小さく息を吐く。
「……七沢か」
ぼそっと呟く。
理由は、分かっている。
⸻
指示が通る。
動きが速い。
千翠はそれを見ている。
特に表情は変わらない。
でも。
(……通る)
以前よりも、明らかに。
やりやすい。
(……やり方を変えただけ)
結果は同じ。
でも。
周りの反応が違う。
その事実だけが、残る。
⸻
夕方。
捜査三課。
ありすは資料に目を通している。
ふと。
一課からの報告書に目が止まる。
(……あれ)
違和感。
読み進める。
数秒。
(……通ってる)
構成が変わっている。
共有の跡がある。
無駄がない。
でも。
独断じゃない。
(……ちゃんとやってる)
小さく息を吐く。
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
⸻
夜。
仕事終わり。
ありすが三課を出る。
廊下。
少し離れた場所に、千翠がいる。
部屋の中には入っていない。
距離を保った位置。
ありすは一瞬だけ足を止める。
(……中に来てない)
視線がわずかに揺れる。
千翠が気づく。
「終わった?」
いつも通りの声。
「今終わった」
短く返す。
一拍。
「……待ってたの」
確認みたいに。
千翠は頷く。
「呼ばれてないから」
一拍。
「中には入ってない」
事実だけ。
ありすは小さく息を吐く。
(……ちゃんと守ってる)
言葉にしたこと。
全部。
「……で?」
促す。
千翠は一瞬だけ考える。
「少し、時間ある?」
確認。
ありすは少しだけ間を置いて。
「あるけど」
短く返す。
千翠は続ける。
「じゃあ、行こう」
当たり前みたいに。
ありすは眉を寄せる。
「どこに」
即座に返す。
千翠は一拍。
「決めてない」
そのまま言う。
ありすは一瞬黙る。
(……それでいいの)
理解できない。
でも。
嘘はない。
「何するつもりだったの」
少しだけ声が低くなる。
千翠はそのまま答える。
「一緒にいる時間を作りたかった」
率直に。
ありすは言葉に詰まる。
(……悪くはない)
でも。
(落ち着かない)
一拍。
「……私は、決まってないと嫌」
はっきり言う。
千翠は黙る。
考える。
数秒。
「……分かった」
短く。
「次は決めてから誘う」
数秒。
そのまま考え続ける。
「……今日はもう遅い」
ありすは黙って聞いている。
「だから」
一拍。
「ありすが休みの日」
「ご飯でも行く?」
ありすは少しだけ考えて。
「……いいよ」
千翠は小さく頷く。
「分かった」
一拍。
「決めたら、また伝える」
「……ちょっと待って」
ありすが言う。
千翠が顔を上げる。
ありすはスマートフォンを取り出した。
そのまま、千翠に差し出す。
「これからもすぐ連絡取れないと、不便だから」
千翠は一瞬、スマートフォンとありすの顔を交互に見る。
「……連絡先?」
「そう」
「分かった」
千翠もスマートフォンを取り出す。
二人で連絡先を交換する。
短い操作音。
「これでいい?」
「うん」
ありすはスマートフォンをしまう。
「じゃあ、決めたら連絡して」
「分かった」
一拍。
「じゃあ今日は送る」
「……そこまででいい」
二人は歩き出す。
⸻
帰り道。
短い時間。
大きな会話はない。
でも。
沈黙が、前よりも居心地悪くない。
「……今日」
ありすがぽつりと言う。
千翠が視線を向ける。
「一課」
一拍。
「うまく回ってたみたいだね」
短く伝える。
千翠は少しだけ考える。
「やり方を変えた」
一拍。
「共有した」
「その方が、周りが動いた」
事実だけ。
ありすは一瞬だけ黙る。
(……ちゃんと実感してる)
胸の奥が、少しだけ揺れる。
「……そう」
それだけ返す。
でも。
ほんの少しだけ。
声が柔らかい。
(私の言葉を、本当に試してくれた)
(……これでいいのかも)
完璧じゃない。
でも。
確実に、前よりいい。
ありすはそう思いながら、歩く。
ふと、さっきの会話が頭をよぎる。
(……休みの日)
(ご飯)
数秒。
歩きながら。
そこでようやく。
(……それって)
一拍。
(デート?)
思わず足が止まりそうになる。
でも。
すぐ前を歩く千翠は、そんなことも知らずに歩いている。
(……いや)
(本人はそこまで考えてないでしょ)
(……たぶん)
そう思い直す。
それでも。
胸の奥だけが、少しだけ落ち着かなかった。




