第四十三話 関係に名前を②
夕方。
捜査三課。
ありすはデスクに向かっていた。
手は動いている。
でも、集中は浅い。
最近ずっと、そうだった。
そのとき。
「ありす」
声。
顔を上げる。
そこにいるのは、千翠。
呼んでいない。
ありすの眉がわずかに寄る。
「……何」
短く返す。
千翠は一歩近づく。
止まらない。
ありすの前で、止まる。
「少し、時間ある?」
低く言う。
いつもより、わずかに抑えた声音。
ありすは一瞬だけ間を置く。
周りの視線を感じる。
この距離、この話題。
ここでやるものじゃない。
「……ちょっと待って」
立ち上がる。
そのまま歩き出す。
千翠も何も言わず、ついてくる。
⸻
人気のない廊下。
奥まった非常階段の前。
人の気配が消える。
ありすは足を止める。
振り返る。
「……で?」
視線をまっすぐ向ける。
千翠は数秒だけ黙る。
言葉を選んでいる。
そして。
「一つ、結論が出た」
静かに言う。
ありすの眉がわずかに動く。
「何が」
警戒は解かないまま。
千翠は続ける。
「関係の話」
直接的すぎず、でも逃げない言い方。
ありすの思考が一瞬止まる。
「……は?」
小さく漏れる。
「橘に聞いた」
淡々と補足する。
(あいつ……)
一瞬だけ思考が逸れる。
でも、すぐ戻す。
千翠はありすを見たまま。
「結論から言う」
「俺は、もうありすを選んでる」
はっきり言う。
迷いはない。
でも、押しつけでもない。
ありすの呼吸がわずかに止まる。
千翠は続ける。
「他を考えても、成立しない」
短く。
言い切る。
淡々と。
感情ではなく、判断として。
ありすの胸の奥が揺れる。
千翠は少しだけ間を置いて、さらに続ける。
「定義はまだ完全には分かってない」
正直に言う。
「でも」
視線を逸らさない。
「ありすだけ、例外になる」
静かに言い切る。
沈黙。
空気が、少し変わる。
ありすは言葉を失う。
(……何それ)
まっすぐすぎる。
逃げ道がない。
ありすは一度視線を落とす。
息を整える。
そして、もう一度上げる。
「……それって」
声が少し低い。
「私と同じ?」
まっすぐ聞く。
千翠は一瞬だけ止まる。
考える。
いつもより、長い。
そして。
「同じとは言い切れない」
正直に言う。
ありすの心臓が一瞬強く打つ。
でも。
千翠は続ける。
「ただ」
一歩だけ近づく。
「差があるなら、埋める」
一拍。
「分からないなら、分かるまで考える」
「ありすが嫌だと言ったことは、しない。」
逃げない言い方。
ありすの思考が止まる。
(……何それ)
ズレてる。
でも。
責任は取ろうとしてる。
ありすは小さく息を吐く。
視線を一度落とす。
そして。
もう一度、上げる。
「……分かった」
ありすは千翠を見る。
真っ直ぐ。
逃げずに。
「一つだけ」
「確認してもいい?」
「うん」
「これから先」
一拍。
「好きが分からなくても」
「分かる努力を続ける?」
千翠は少しだけ考える。
でも。
答えは早かった。
「続ける」
千翠はありすの目をまっすぐ見る。
「ありすだから」
「分かりたい」
それを聞いて。
ありすが小さく笑う。
そして。
「……それなら」
言葉を選ぶ。
「付き合おう」
はっきり言う。
空気が変わる。
千翠は少し考える。
「……分かった」
一拍。
「これで」
「近づいてもいい?」
「……まだダメ」
即答。
「……分かった」
短く返す。
それだけ。
余計なことは言わない。
ありすは、ほんの少しだけ力が抜ける。
でも同時に。
(……これ、絶対大変なやつ)
確信もある。
それでも。
選んだのは、自分だった。




