第四話 閉じた距離は誰もわからない①
「……意味わかんないんだけど」
机に突っ伏したまま、ありすは言った。
「なに、何の話?」
同期の芹塚 彩音は即座に返す。
「……例の探偵」
「何があったの」
一瞬、沈黙が落ちる。
「……キスされた」
「……は?」
一拍おいて、芹塚がゆっくり顔を上げる。
「職務中?」
「うん」
「やば」
即断。
「で?」
「で、って?」
「そのあとは?」
「普通に仕事した」
「は?」
二回目。
「いやいやいや、止めろよ」
「止まらなかった」
「なんで」
「知らない」
即答。
芹塚はじっと見る。
「……あんたさ」
一歩だけ踏み込む。
「それ、キスされたことよりさ」
間。
「そのあと“普通に続けたこと”の方がやばいって自覚ある?」
一瞬、詰まる。
「……は?」
「いやだから」
淡々と続ける。
「普通、無理でしょ」
「……」
「距離取るとか、怒るとか、最低限なんかあるじゃん」
「……別に」
「別に、じゃない」
即切る。
「その場で処理してるの、だいぶおかしいから」
言葉が詰まる。
(……おかしいのは)
誰だ。
あいつか。
自分か。
「で?」
逃がさない。
「なんも思わなかったの?」
(思ったけど)
口に出せない。
「別に」
「嘘」
被せ気味。
「いやほんとに」
「いや無理でしょ」
芹塚は小さく息を吐く。
「でもそいつさ」
少しだけ声を落とす。
「少なくとも、七沢に興味はあるんじゃない?」
「は?」
「そうじゃなきゃキスなんかしないでしょ」
即否定の顔。
「ないでしょ」
「なんで」
一瞬、言葉が止まる。
「……あいつ、自分が何してるか分かってないと思う」
「なにそれ」
「あと、なんか」
少しだけ視線を逸らす。
「そういう感じじゃない」
「どういう感じ」
「……わかんない」
間。
芹塚が、少しだけ笑う。
「一番ダメなやつじゃん、それ」
逃げ場を塞ぐように、続ける。
「でもさ」
「もし違うとしても」
一拍。
「“あんたが気にしてる時点でアウト”なんだよね」
言葉が、残る。
返せない。
(……別に)
(気にしてない)
そう言おうとして。
「七沢警部!」
ドアが勢いよく開く。
部下が息を切らして立っていた。
「新しい案件です、すぐ現場に——」
言い終わる前に、ありすは立ち上がる。
「場所」
即切り替え。
芹塚が小さく息を吐く。
「はいはい、逃げた」
「逃げてない」
即答。
でも、視線は合わせない。
「あとでちゃんと聞くから」
「聞かなくていい」
「無理」
即断。
ありすは鞄を掴む。
ドアに向かう。
その途中で、ほんの一瞬だけ足が止まる。
(……気にしてない)
自分に言い聞かせるみたいに。
でも。
言い切れない。
「七沢」
背後から、芹塚の声。
「次会ったら、距離ちゃんと見ときな」
振り返らない。
「……仕事だから」
(近づかなきゃいいだけ)
それだけ返して、ドアを開ける。




