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第三十四話 委ねられた判断

 数ヶ月後。


 季節が一つ進み、人事異動の時期を迎えていた。


 本部会議室。


 空気は張り詰めている。


 長机の奥。


 東條が座っている。


 その向かい。


 三人。


 捜査一課長。


 捜査二課長となった橘。


 そして、捜査三課長に着任したありす。


 形式的な挨拶は終わっている。



「単刀直入に言う」



 東條が口を開く。


 無駄のない声。



「神谷千翠は、探偵ではない」


 一拍。


「探偵という肩書は、便宜上与えていたものだ」


「必要に応じて各課へ派遣してきた」



 一瞬。


 空気がわずかに変わる。


 三人とも、反応は表に出さない。


 だが。


 知らない名前ではない。



「これまで、神谷の派遣は私が指示していた」


 一拍。


「今後は違う」



 視線が順に向けられる。



「捜査一課、二課、三課」


「各課長に、派遣の判断を委ねる」



 淡々と告げる。


 だが。


 内容は軽くない。


 橘の眉がわずかに動く。


 もう一人も、わずかに視線を上げる。


 ありすは動かない。



「判断は、お前たちに任せる」


「必要と判断すれば呼べ」


「不要なら使うな」


 一拍。


「ただし」



 少しだけ声が低くなる。



「事件を解決する能力は高い」


「だが、現場運用には癖がある」


「能力だけ見て使うと事故になる」


「扱いを誤るな」



 それだけ。


 説明はない。


 だが。


 十分すぎる圧。


 沈黙。


 誰もすぐには答えない。


 やがて。



「……承知しました」



 代表するように、ありすが言う。


 短く。


 東條は小さく頷く。



「以上だ」



 それで終わり。


 三人は立ち上がる。


 敬礼。


 踵を返す。


 そのとき。



「七沢警視」



 呼び止められる。


 ありすだけが止まる。


 橘ともう一人は、そのまま退室する。


 扉が閉まる。


 静寂。


 ありすは振り向く。



「はい」



 東條は机の上のファイルを指で軽く叩く。



「これはお前に渡す」



 一冊の資料。


 ありすの前に置かれる。


 分厚くはない。


 だが。


 軽くもない。



「神谷千翠に関する記録だ」


「必要なものは入っている」



 ありすの視線がわずかに落ちる。


 触れはしない。


 ただ、見る。



「……なぜ、私に」



 問い。


 東條は即答しない。


 一瞬だけ、考えるように間を置く。



「お前は必要以上に踏み込まなかった」


 一拍。


「だから任せる」



 事実だけを言う。


 評価でも、信頼でもない。


 ただの判断。



「今後は、お前の判断で使え」


 一拍。


「壊すなよ」



 ありすは一瞬だけ目を細める。


 だが。


 すぐに戻す。



「……承知しました」



 そう答える。


 そのとき。


 扉をノックする音。


 間もなく扉が開く。


 一瞬だけ、空気が揺れる。



「失礼します」



 軽い声。


 振り向かなくても分かる。


 足音。


 距離。


 止まる位置。



「……入室許可の確認くらいしろ」


「失礼しました」



 そのまま、ありすに視線を向ける。


 ありすはゆっくり振り向く。


 そこにいる。


 変わらない顔で。


 神谷千翠が。


 視線が合う。


 千翠が、わずかに首を傾ける。



「久しぶり」


 一拍。


「……こういうときは、そう言うらしいね」



 軽く言う。


 距離は、自然に詰まる。


 止まらない。


 いつも通り。



「……上がったんだね」



 視線が階級章に落ちる。


 興味として見る。


 感情ではなく。


 でも。


 完全に無関心でもない。


 ありすは何も言わない。


 言えないわけじゃない。


 ただ。


 言葉を選んでいる。


 その間に。


 千翠が、先に口を開く。



「これからよろしく」



 自然な言い方。


 当たり前のように。


 一歩、距離が近づく。



「ありす」



 名前を呼ぶ。


 変わらない呼び方。


 変わらない距離。


 でも。


 状況は、前とは違う。


 ありすの手元には。


 あいつの過去が詰まったファイル。


 目の前には。


 その中身を知らない顔。


 一瞬。


 時間が止まる。


 それでも。


 ありすはゆっくりと口を開く。



「……よろしく」



 短く返す。


 それだけ。


 東條は、そのやり取りを黙って見ていた。


 何も言わない。


 ただ。


 確認するように。


 静かに。

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